transit

los cabos


「今、来ている低気圧、そうとう大きそうだから、今日明日、店は閉めるよ」
ダイバースシップの窓から、十一月の重たい曇り空を眺めながら、
アルバイトのミアに声をかける。
「弟が帰ってくるんだよ、空港に迎えに行くから、一緒に乗ってかないか。
 そのままミ・カサで食事しようよ」
いいよ、とミアは答えて、コリコリと数字を書き込んでいたノートをパタンと閉じた。

ミアを乗せてサン・ホセ空港に向かう途中、考えてみると、
弟が帰ってくるのは、ほぼ三年ぶりだった。
弟は、サンフランシスコのエアポートホテルでポーターをやりながら、
小説を書いていると言っていた。

カミノ・レアルを過ぎたあたりで、ミアに話し掛ける。
「タランティーノのジャッキー・ブラウンって観た?」
「観てない。キル・ビルは観たよ、1も2も。なんで?」
「サン・ホセ空港が出てくるんだよ。主人公が、ロスとサン・ホセを往復している
 国際線のスチワーデスなんだ。こっそりコカインを運んだりしてるんだけどね」
「へえ、そうなんだ、面白いの?」
観光客をホテルから空港へ運ぶバンを追い抜きながら答える。
「地味だけどいいよ、Metersもかかるしね。でも、キル・ビルは最高だったな」
「キル・ビルは、最高だよ。あたしもリストつくりたくなったもん」
「殺しの?」
「まさか、かたづけなきゃいけないこととか」
「入金とか?」
「そう」

ミアは、黒地に濃い赤と濃いピンクの花が刺繍されたポシェットを開けて
ガムを取り出し、ひとつ口に放り込んだ。
九月にうちのダイバースショップを利用した日本人のカップルが、
よくしてもらったお礼、と言ってミアにくれた。
「それ、どこから買ってきたんだっけ?彼等」
「これ?これはね、サンホセ・デルカボで買ったらしいよ」

弟は、彼女を連れてくると言っていた。
わざわざ、連れてくるくらいだから、きっと結婚するんだろう。
弟達がロス・カボスにいる間に、サンホセ・デルカボに連れて行って、
弟の彼女に、このポシェットを買ってやろうと思った。



Los Cabos
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# by ayu_livre | 2012-09-24 21:31

Kamakura

vent【ヴァン:風】 essence【エサンス:ガソリン】 apres-midi【アプレミディ:午後】

遥かパリから、緑深いカマクラの家に、電子メールでフランス語が送られてくる。
僕は、彼女が送ってくれたフランス語をもとに
とても短い小説を書いて送り返す。

oiseau【オワンゾー:鳥】 machine【マシヌ:機械】 brouillaed【ブルイヤール:霧】

送ってくれるのは、少し年上の女の人。
パリに留学して、そのままフランス人と結婚した。

exercice【エグゼルスィス:練習】 desert【デゼール:砂漠】 bateau【バトー:船】

はじめはフランスのことが知りたくて、時折メールのやりとりをしていた。
ある時、彼女の気に入ったフランス語を3つ送って、と頼んだ。

colline【コリヌ:丘】 cousin【クザン:いとこ】 voiture【ヴォワテュール:自動車】

単語を見ているうちに話や風景が思い浮かんできたので、短い小説にして送り返した。

violon【ヴィオロン:バイオリン】 arc-en-ciel【アルカンスィエル:虹】 livre【リヴル:本】

いま彼女とは、フランス語と短い小説のやりとりだけしかしていない。
パリとカマクラをフランス語と短い小説が行き交う。

neige【ネジュ:雪】 chaussures【ショシュール:靴】 quai【ケ:埠頭】 
gare【ガール:駅】 meteo【メテオ:天気予報】 broche【ブロシュ:ブローチ】 
dormir【ドルミール:ねむり】 rond【ロンドゥ:円】 ongle【オングル:爪】
miroir【ミロワール:鏡】 ombre【オンブル:日陰】 coquillage【コキヤジュ:貝】
chirurgien【シリュルジアン:外科医】 noix【ノワ:クルミ】 chaise【シェズ:椅子】
ile【イル:島】 sorbet【ソルベ:シャーベット】 ecole【エコル:学校 】
plateau【プラトー:高原】 eau【オー:水】 epice【エピス:香辛料】

今日も新しいフランス語が届いた。

prairie【プレリ:草原】 motif【モティフ:模様】 aout【ウットゥ:8月】



Kamakura
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# by ayu_livre | 2012-05-07 06:19

Manchester 2

おれのアパートの隣の部屋には、スティーブという名前のじいさんが一人で住んでいる。
おれは毎朝、アルバイトに行くとき、ミミをじいさんにあずける。
ミミは、前の彼女が拾って来た雑種の白い猫。
他の人間にはビクつくくせに、おれに対してはいつも強気。
でも、なぜかスティーブじいさんには、なついていて、
この前、おれが帰って来ると、二人で仲良く、Top of the Popsを見ていた。

じいさんは、アパートの階段で転んでから急に老けた。物忘れもひどくなった。
でも、まあ、おぼえてなきゃいけないこともそんなにある訳じゃないしね。

じいさんは、時々分けのわからないこと言うので
おれは、適当に相づちをうって、聞き流してる。
今日も、アルバイト帰りにじいさんの部屋で話してたら、
突然、「おれは、Stonesのニューシングル持ってるんだぜ」なんて言い出した。
へー、と聞き流してたら、「信じてないだろっ」と言って
クローゼットをガサゴゾとかき回して、ボロボロのEP盤を出して来た。

EP盤には、こう印刷されていた。
Honky Tonk Women/The Rolling Stones Promotion Only July 1969

「ワオッ、これホンモノ?! すげーレアなんじゃないの?どうしたの?」
と驚くおれにじいさんは、まあ落ち着けよ、と得意げに語り始めた。

「69年だよ、ロンドンに居たんだ。7月にStonesをつくったBrianって奴が死んだ。
 Stonesはハイドパークで追悼のためのフリーコンサートを開くって発表したんだ。
 そん時、主催者が清掃のボランティアを募ったんだよ。で、おれはそいつに参加した。
 主催者は、20~25万人の人間が集まるって言ってたが、次の日の新聞を見たら、
50万人が集まったらしい。とにかく一面の人だった。
 そん時、ボランティアには、Stonesのニューシングルだ、と言って
 これが配られたんだよ」

おまえは、良くしてくれるから、欲しかったらあげるよ、と
じいさんは言ってくれたけど断った。「飾っときなよ、これはレアだぜ」
おれは、EP盤を手に取りじっと見つめる。
ミミも、そばに来て、EP盤を検証するように、
真剣な顔つきででクンクンとにおいを嗅いでいる。


Manchester 2
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# by ayu_livre | 2011-01-01 22:56

Varadero

15年後の今日、バラデロで。

その日、僕たち5人はトウキョウで、そう約束して別れた。

僕たちが決めたことは3つ。
これからの15年を、使い尽くすこと。
その間、いっさい連絡をとらないこと。
そして、15年目の今日、世界で一番美しいといわれる
全長25キロにわたるキューバのビーチ、バラデロに集合し、
カリブ海の風が吹き抜けるビーチに面した旧デュポン邸で
思いっきり冷えたモヒートを飲むこと。

僕たちは、あまりにも仲が良すぎたから、無駄に会うことをやめた。
同じ曲に夢中になれたから、その曲にふさわしい、
その曲に恥ずかしくない生き方をしようと決めた。
愚痴を言ったり、皮肉を言ったり、言い訳を言ったり、
安易に絶望したり、安易にいらだつことなく
15年を使い尽くそうと決めた。
その15年が失敗しても、成功しても
とにかく、生き残り、世界で一番美しいカリブ海のビーチに集まろう決めた。

そして、この15年の間、僕は、いろいろと痛い目に遭ったり、
ずいぶんひどいことを言われたり、
誰にも言えないようなみっともない目にも遭ったり、ずいぶん遠回りもした。
でも、いつも遥か先には、
白い砂浜と、緑と青の海がハレーションをおこしたようなバラデロがあった。
25キロにわたるかなたのビーチに、あの仲間と集まることを思うと、
たいていのことは、その時話す笑い話にすらならないほど、たいしたことではなかった。

そして、なんとか、他のことよりも得意なことを見つけ、
それなりの金額を稼げるようになった。
お金を稼いだら、バラデロへの旅費は残して、好きなことにたっぷり使った。
思い描いていたより、全然かっこよくは生きられなかったけど、
一緒に暮らしていける素敵な人に出会えた。

ナリタでハバナ行きの搭乗券をチェックインした時、ちょっと震えた。
でもきっと、まだまだ楽しめる予感がしてしかたがない。
バラデロに着いたら、次に集まる場所をみんなで決めよう、と思う。



Varadero
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# by ayu_livre | 2010-06-20 00:48

Tahiti 5

最近、タヒチの夢を見る。
タヒチ、といっても、水上コテージによせるさざ波の音や、
グリーンの山並みと鮮やかなコントラストを見せる遥か高い青空を
気持ちよく飛ぶ鳥の鳴き声の夢を見るのではない。

タヒチに向かう飛行機の中にいる夢をよく見る。

あの音、あの気圧、あの乾燥、あの期待感。
タヒチに向かう機内は、不思議とかすかにタヒチの匂いがするような気がする。
バカンスの目的地に向かう機内は、不思議とかすかに目的地の匂いがするような気がする。

飛行機は一心にバカンスに向かっている。わたしは、バカンスに近づく。
あの純粋な高揚。そしてわたしは、ごくりとつばを飲み込む。


昔よくタヒチに行っていた彼と、別れて何年かぶりに、偶然パリ郊外の病院で再会した。
わたしは、持病の検査に来ていて、彼もなにかの検査に来ていた。
驚いて、ギクシャクしたのは最初のほんの数秒で、すぐに昔みたいに、
肩のちからを抜いていろいろ話せた。カルテを見せ合いっこして、数値を言い合ったり。。

なにかを隠さなくても済む関係。ダメな部分を見せれる関係、
それが、いまのわたしには、とても必要だった。

それから、受診や検査の日に、たびたび彼と出くわした。
診察に呼び出されるまで、彼と話すのがとても楽しかった。
わたしや彼を呼び出す診察のアナウンスを、憎くすら感じるようになった。
以前は、早く呼ばれないか、といらいらしていたのに。

彼とはいつも何の約束もしてなかったが、病院に行くたび、まず彼を探すようになった。
彼が来ていると、ほっとした。来ていないと、いつくるんだろうとワクワクした。
自分は、まるで、朝、通学路で一緒になるかもしれない仲良しの友だちを探す
小学生みたいだと思った。

病院はずっとこわくて、気が滅入る場所だった。
でも、いまは、アナウンスの前に鳴る短い音楽や、キャッシャーのすべる音、
待ち合い室のさざめき、レントゲンのまぶしさ、
ナースのスニーカーが磨かれたリノリュムの床にたてる音、
医師の低い声、子供の泣き声と笑い声、正面玄関の自動ドアから流れ込む外気、
そんな、病院のあれやこれやから、なにかの期待や予感を感じずにはいられなかった。

生命が弱り、うなだれている場所だからこそ、
わたしは、わたしの中の予感のようなものをより強く感じた。

自分でも可笑しくなった。病院でこんなことを感じるなんて。
もしかしたら、わたしが、ついこの前まで、
ずっとひとりでうなだれて、呼び出しのアナウンスを待っている時も、
すぐ隣では、こんなふうに、なにかの期待や予感を感じているひとがいたのかもしれない。

2月の冷たい雨の日、病院へ向かって歩きながら、
わたしは、バカンスへ向かう飛行機の中のあの感じを、ちょっと思い出した。


Tahiti 5
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# by ayu_livre | 2010-02-13 06:55

Tahiti 4

祖父の病室にいくのがいつもこわかった。

小さな頃、わたしは、フォンティーヌ・ボー・クリューズの
祖父の家で祖父と過ごすのが大好きだった。
大学に入学した年、祖父が入院した。
お見舞いに行く間が空けば空くほどこわかった。
祖父が変化していくことがこわかった。
病院の入り口がこわかった。
エレベーターがこわかった。
病室までの廊下がこわかった。

でも、実際会うと、想像していたよりずっと顔の色つやもよくていつも、少し安心した。
そう、たぶん、想像することがこわかったんだと思う。

病院は、いまでも意味もなくこわい。
まあ、病院が楽しいひとって少ないとは思うけど。

30半ば、身体に疾患がみつかり、病院に通いはじめた。
今日みたいな寒い日に、病院の待ち合い室にすわっていると、どうしても、
その白々しい廊下の先にある、自分の人生を想像してしまう。
想像したってしょうがなくて、やるべきことをやるだけ、って
わかってはいるんだけど。

ただ、なにか、人生に予想がついてしまう気がするのがたまらなくこわい。
こうやって月に一度72番のバスに乗って病院にくる。
朝は、あの道を通って、オフィスに行き、あの道を歩いて、お昼を買いにいく。
夜食べるもののことを考えて、図書館で借りた本を読みながら帰る。
そして、また月に一度72番のバスに乗って病院にくる。

これからの日々も、その繰り返し、と予想できてしまう気がするのがこわい。
昔は、旅行に行くのが好きだった。とくにタヒチは好きで何度も行った。
旅行の、日々の繰り返しから抜け出せる感覚が好きだった。

そういえば、あの頃、よく一緒にタヒチに行っていた彼はどうしてるだろう。
そういえば、タヒチで別れ話をしたんだった。あれは変な別れ方だった。
そう思うとちょっと可笑しくなってくすっと笑ってしまった。
となりに誰かが座る気配がして、あわてて笑うのをやめた。


Tahiti 4
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# by ayu_livre | 2010-02-08 05:36