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Tahiti 4

祖父の病室にいくのがいつもこわかった。

小さな頃、わたしは、フォンティーヌ・ボー・クリューズの
祖父の家で祖父と過ごすのが大好きだった。
大学に入学した年、祖父が入院した。
お見舞いに行く間が空けば空くほどこわかった。
祖父が変化していくことがこわかった。
病院の入り口がこわかった。
エレベーターがこわかった。
病室までの廊下がこわかった。

でも、実際会うと、想像していたよりずっと顔の色つやもよくていつも、少し安心した。
そう、たぶん、想像することがこわかったんだと思う。

病院は、いまでも意味もなくこわい。
まあ、病院が楽しいひとって少ないとは思うけど。

30半ば、身体に疾患がみつかり、病院に通いはじめた。
今日みたいな寒い日に、病院の待ち合い室にすわっていると、どうしても、
その白々しい廊下の先にある、自分の人生を想像してしまう。
想像したってしょうがなくて、やるべきことをやるだけ、って
わかってはいるんだけど。

ただ、なにか、人生に予想がついてしまう気がするのがたまらなくこわい。
こうやって月に一度72番のバスに乗って病院にくる。
朝は、あの道を通って、オフィスに行き、あの道を歩いて、お昼を買いにいく。
夜食べるもののことを考えて、図書館で借りた本を読みながら帰る。
そして、また月に一度72番のバスに乗って病院にくる。

これからの日々も、その繰り返し、と予想できてしまう気がするのがこわい。
昔は、旅行に行くのが好きだった。とくにタヒチは好きで何度も行った。
旅行の、日々の繰り返しから抜け出せる感覚が好きだった。

そういえば、あの頃、よく一緒にタヒチに行っていた彼はどうしてるだろう。
そういえば、タヒチで別れ話をしたんだった。あれは変な別れ方だった。
そう思うとちょっと可笑しくなってくすっと笑ってしまった。
となりに誰かが座る気配がして、あわてて笑うのをやめた。


Tahiti 4
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by ayu_livre | 2010-02-08 05:36