transit

Tahiti 5

最近、タヒチの夢を見る。
タヒチ、といっても、水上コテージによせるさざ波の音や、
グリーンの山並みと鮮やかなコントラストを見せる遥か高い青空を
気持ちよく飛ぶ鳥の鳴き声の夢を見るのではない。

タヒチに向かう飛行機の中にいる夢をよく見る。

あの音、あの気圧、あの乾燥、あの期待感。
タヒチに向かう機内は、不思議とかすかにタヒチの匂いがするような気がする。
バカンスの目的地に向かう機内は、不思議とかすかに目的地の匂いがするような気がする。

飛行機は一心にバカンスに向かっている。わたしは、バカンスに近づく。
あの純粋な高揚。そしてわたしは、ごくりとつばを飲み込む。


昔よくタヒチに行っていた彼と、別れて何年かぶりに、偶然パリ郊外の病院で再会した。
わたしは、持病の検査に来ていて、彼もなにかの検査に来ていた。
驚いて、ギクシャクしたのは最初のほんの数秒で、すぐに昔みたいに、
肩のちからを抜いていろいろ話せた。カルテを見せ合いっこして、数値を言い合ったり。。

なにかを隠さなくても済む関係。ダメな部分を見せれる関係、
それが、いまのわたしには、とても必要だった。

それから、受診や検査の日に、たびたび彼と出くわした。
診察に呼び出されるまで、彼と話すのがとても楽しかった。
わたしや彼を呼び出す診察のアナウンスを、憎くすら感じるようになった。
以前は、早く呼ばれないか、といらいらしていたのに。

彼とはいつも何の約束もしてなかったが、病院に行くたび、まず彼を探すようになった。
彼が来ていると、ほっとした。来ていないと、いつくるんだろうとワクワクした。
自分は、まるで、朝、通学路で一緒になるかもしれない仲良しの友だちを探す
小学生みたいだと思った。

病院はずっとこわくて、気が滅入る場所だった。
でも、いまは、アナウンスの前に鳴る短い音楽や、キャッシャーのすべる音、
待ち合い室のさざめき、レントゲンのまぶしさ、
ナースのスニーカーが磨かれたリノリュムの床にたてる音、
医師の低い声、子供の泣き声と笑い声、正面玄関の自動ドアから流れ込む外気、
そんな、病院のあれやこれやから、なにかの期待や予感を感じずにはいられなかった。

生命が弱り、うなだれている場所だからこそ、
わたしは、わたしの中の予感のようなものをより強く感じた。

自分でも可笑しくなった。病院でこんなことを感じるなんて。
もしかしたら、わたしが、ついこの前まで、
ずっとひとりでうなだれて、呼び出しのアナウンスを待っている時も、
すぐ隣では、こんなふうに、なにかの期待や予感を感じているひとがいたのかもしれない。

2月の冷たい雨の日、病院へ向かって歩きながら、
わたしは、バカンスへ向かう飛行機の中のあの感じを、ちょっと思い出した。


Tahiti 5
[PR]
by ayu_livre | 2010-02-13 06:55