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Long Beach

向かいに越して来たばかりの婦人が、新車のクライスラーを洗っている。
八月の強烈な日射しが、水しぶきに、いくつかの虹をつくる。

「おーい、ロングビーチのプールに行くぞ」
朝食のかたずけをおえると、リビングでTVゲームをしている息子に向かって叫んだ。
息子は素直にTVゲームを消して、二階の部屋にプールの用意を取りに行った。

明日から、息子の小学校が始まるという日になって、やっと会社の夏休みがとれた。
ラジオでかかっている、Red Hot Chilippepersを聞きながら
バイパスを乗り変えてロングビーチへ向かう。
ロングビーチのプールには、息子が小学校に入ってから毎夏一回は行っている。
巨大な流れるプールが名物で、ブールサイドから、まっすぐに続くビーチが一望できる。

子供の頃、親父と一緒にあのプールに行ったことがあった。
あの日も親父が、プールに行くぞ、と言い出して、親父のフォードに乗って出かけた。

親父は、途中、ドラッグストアで車を止め、
パイナップルのMサイズの缶詰を一つ買って戻って来た。
ひとしきりプールで泳いだ後、プールサイドの端のあたたかいコンクリートに
二人で座って、ビーチを眺めながら、パイナップルを食べた。

たしか、夏休みの終盤だった。
プールは家族やカップルでにぎわっていて、かなり騒がしかったはずなのに
親父と二人で、かわりばんこにパイナップルを食べていた
あのコンクリートの一角は、なぜか、とても静かだった印象がある。

そういえば、あの時、派手なパーマをかけた女が、
おれが缶にフォークを突っ込んでパイナップルをすくっているのを見て、
「ねえねえ、この子、かわいい」と言って連れの男と一緒に近付いてきた。
女は、親父に「この子がパイナップル食べてるとこ、写真撮ってもいい?」と聞いて、
親父がうなずくと、二、三枚おれの写真を撮った。
おれと親父はなんだか、ぽかんとしていた。

車のラジオで、Oasisが〈Whatever〉を歌っている。
八月のカリフォルニアを低い入道雲が周囲している。
ショッピングコンプレックスの広大な駐車場に車を止める。
息子と一緒に、パイナップルの缶詰めを買いに行く。




Long Beach

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by ayu_livre | 2007-05-27 21:05

Fontaine de Vaucluse

輝く緑の冷たい水。
僕がフォンティーヌ・ボークリューズのことを思い出すとき、
まっ先に思い浮かぶのはあの水のことだ。
わきでたばかりのすきとおった水が、
浅い川底の鮮やかな緑の苔を映し、木漏れ日にきらきら輝く。
手を入れると、真夏でもそれはそれは冷たい。

僕がフォンティーヌ・ボークリューズにいた頃、
夏休みになるとどこからともなくあらわれる女の子がいた。
たぶん、おばあちゃんの家にでも遊びに来ていたんだろう。

その頃僕には、お気に入りの場所があった。
川の流れがすこしゆるくなって、大きな池のようになっているところ。
水面には木々が覆い被さり、ちょっとした隠れ家みたいだった。
置き捨てられた小さなボートを見つけてからは、
いつも、ボートを浮かべ、そこに寝転がって、一人の時間を楽しんでいた。
いろいろな木が、午後の風にいっせいに揺れる音や
鳥や虫の音を聞きながら、眠りについたり、眠りから覚めたりしていた。

ある日、女の子が、その場所にあらわれた。
僕たちは、なぜかすぐになかよくなり、
ボートを浮かべては、そこでたくさんの時間をすごした。
女の子はよく摘んできた花を飾ったり、冷たい水面を手のひらでなぜたりしていた。
僕はボートで飼おうと思って連れてきたカブトムシを女の子に嫌がられたりしていた。
いまでも、川岸から古いボートを、すうっと水に浮かべて、
それに乗り込む時のワクワクする感じを覚えている。

女の子は毎年、突然いなくなった。
僕もいつ帰るのか、いつも聞かなかった。
そういえば、どこに住んでるのかとか、名前すら聞いたことがなかったかもしれない。

ある年の夏休みを最後に、女の子は姿を見せなくなった。

僕は毎日ボートを浮かべて、また一人の時間を過ごした。
輝く緑の冷たい水の、その水面を、
女の子の白い手がゆっくりとなぜているのを
壊れた機械のように何度も思い出しながら。




Fontaine de Vaucluse

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by ayu_livre | 2007-05-16 21:18