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Palerumo

レジョ・ディ・カラブリアのフェリーターミナルが少しずつ遠くなる。
冷たい霧雨の中、フェリーの後方デッキで
イタリア本土と海にできるフェリーの轍を眺めている。

ミラノのカロッツェリアから、仕事の依頼を受けたのは一ヵ月前。
『パレルモの資産家からオーダーのかかったAlfa Romeo GTV特別仕様車を
イタリアを南下し、シチリアまで陸送して欲しい。』
陸送も資産家からのオーダーとのことだった。

四月だというのに、ミラノを出発してからずっと冷たい霧雨の日が続いていた。
途中いくつか寄ったアウトストラーダのサービスエリアでは、
従業員も、軽食をとっている長距離トラックの運転手も、外国から来た観光客も、
気のせいか、みな一様に悲し気な面持ちに見えた。

冷たい霧雨に周囲された悲し気なサービスエリアでは、
つい、いろいろなことを考えてしまう。
気がつくと、エスプレッソのカップをじっと見つめながら
これからのこと、妻のこと、子供のこと、両親のことなどをくり返し考えてしまう。

だが、こごえながら、エクリプス グレーのAlfa Romeo GTVに戻り
派手でモダンで真っ赤な内装の室内に体を落ち着けると
いろいろな考えは自然に消えてしまう。
イグニションキーをまわすと、心地よい勢いでV6エンジンが始動する。
この瞬間いつも、クルマが目を覚まし笑ったような気がする。
エンジンを6000回転まで上げながら、シフトを積み重ねて
アウトストラーダを南に向かう。
音楽はかけない。このエンジン音以上に快楽的な音楽を思い付けない。

フェリーの室内は、暖房が壊れていてひどく寒い。
近くの席の男が、泣いている恋人にずっと話しかけている。
女が売店で、子供用の酔い止めと風邪薬はないかと大声で聞いている。
そういえば、資産家は、最近子供を亡くしたらしい。

車の収容階に降りてゆく。
不敵な笑みを浮かべたようなフロントフェイスのAlfa Romeo GTV が、
他の車の中で、じっと始動を待っている。






Palerumo

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by ayu_livre | 2007-06-24 01:35

Tahiti

気がつくとシャルル・ドゴール空港で買った
エビアンのペットボトルが気圧のせいでへこんでいる。
灯りのおとされたエールフランスの機内はほぼ90%がフランス人。
おそらくその中の100%がタヒチでのバカンスに胸をふくらませている。
エンジン音だけがする寝静まった機内で、エビアンのペットボトルを
そっとあけて、ひとくち口にふくむ。
寝ていた彼女がふと目を開けたので、エビアンを差出すと
素直に受け取り、ひとくち飲む。
エールフランスは、南大平洋上空を飛んでいる。
月が煌々と海と小さな島々を照らしている。
夜空は快晴。

彼女とはもう八年一緒に住んでいる。結婚はしてない。
彼女には恋人がいる。そして、こちらにも。
お互いそれをなんとなく知っている。

ヘッドフォンでは、Underworldが神秘的で高潔なテクノを演奏している。
目を閉じると、さっきまで窓の外にひろがっていた
月光の海と島々が浮かんでくる。
いろいろなことを考えようとすると、いつの間にか、
月光の海と島々のことだけを考えている。

タヒチはここ数年毎年来ている。まるで決まりごとのように。
バカンスの前日、仕事をなんとかきりあげて、支度をして、眠らずに空港へ。
飛行機でゆっくり眠る。そして、ビーチでゆっくり眠る。
ビーチでは、ピナ・コラーダをもってきてもらって、目が覚める度に少しずつ飲む。
日の高いうちは海の青で、日の沈む頃は夕暮れの赤で
全身が染め抜かれてしまったような気になる。

前方の席のカップルがキスをしている。
乾燥した機内の中で、みずみずしさを確認するように。
機内食のデザートで食べたバニラアイスクリームの味がよみがえる。
タヒチが近づく。





Tahiti

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by ayu_livre | 2007-06-24 01:29

Deauville

僕が生まれたのは、ドゥーヴィルの海岸近く。
大学時代にパリにアパートを借りて住んだけど、
海がない場所で暮らすのはどうも落ち着かない。
海の近くがいいのではなくて、海の近くでやっと普通なのだ。
あの匂い、あの波動、あのなにもない景色と緑の光線がないなんて。

気持ちのいい五月の週末に、昔からの仲間が集まるようになったのはいつからだろう。
みんな、それぞれ遠くから電車やクルマで出かけて来てくれる。
僕と妻と母は、生い茂るエゴの木の下に大きなテーブルを出して
ありったけの料理とありったけのワインを用意してみんなを待つ。

スタートは、スペアリブ。炭火をおこし、
庭のローズマリーをつんで、スペアリブの上にのせて焼く。
パスタやパエリアなんかもはさんで最後は、いつも苺の赤ワインシロップ漬け。
午後中、日が傾くまで大いに飲んで食べる。

僕の密かな楽しみは、前日の夜、マッキントッシュのiTunesライブラリーから
その年、その日だけのBGMを選んで、
日付をつけたファイルをつくり、iPodに入れること。
当日は、iPodと小さなスピーカーをつなげてテーブルの隅に置き、
音楽を小さな音で流しっぱなしにする。
後で聞くと、このファイルには、そこに入っているすべての音楽に
その日の海から吹いてくるサワサワした風や
木の葉からこぶれるまぶしい光や、笑い声が閉じ込められている。

今年もお馴染みの顔ぶれが集まった。
緑の中でおいしい料理とワインといつもの顔ぶれがあれば、
もう会話なんてしなくてもいいくらいくつろいでしまう。

パリから来た女の子は、お母さんの身体の調子が悪いので
陶芸の勉強をやめて、実家のあるアヴィニョンに帰るという。

彼女が帰る時に、今日、iPodでかけていたBGMをCD—Rに入れて
袋に詰めたローズマリーと一緒に手渡した。





Deauville

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by ayu_livre | 2007-06-18 00:22

New York

十一月の冷え込んだマンハッタン。
夕方から降り始めた雨は、本格的などしゃぶりになった。

高架線の下にある、がらんとした薄暗いチャニーズダイナー。
スーツを着た男が、ぼんやりとテーブルの上を見ている。
テーブルの上には、バドワイザーの注がれたグラス。

若い金髪のウェイターがやってきて、なにか食べ物は?と聞く。
男は、とりあえず、ビールだけでいい、と答える。

人気の少ない通りにクルマが入ってくる時だけ、ダイナーの窓に流れ落ちる雨が、
クルマのライトに照らされ、テーブルの上の模様になる。

今日は男の誕生日。妻と娘は一緒に特別な料理をつくると言っていた。
ふたりは、なにかプレゼントも用意してくれている様子だった。

男は家庭にも、仕事にもほとんど不満はなかった。
自分にしてみれば、もったいないくらいのものを与えられている、と感じていた。
でも、男はどうしても家に帰る気分になれなかった。

ウェイターがやって来て、男に聞く。
「タバコ持ってる?」
「あるけど」男はタバコを内ポケットから出しながら聞く。「いいの?」
「いいんだよ、他に誰もいないし、こんな雨だったらもう人も来ないだろうし。」
男が見回すと、ダイナーの客は、他に誰もいない。

「ここいい?」
ウェイターが男の向かいのシートを指して聞く。
男が、うなずくと、ウェイターはシートにすわる。
タバコに火をつける。何も話さない。
男も、タバコを吸おうとして、ライターを探す。
ウェイターが男の前にライターを差し出し、火をつける。

男は、タバコをくわえ、ウェイターの手元に顔を近づける。

また、クルマが入って来て、まぶしいライトが一瞬だけ
窓に流れ落ちる雨とふたりを照らす。




New York

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by ayu_livre | 2007-06-10 23:49

Paris Montmartre

キッチンの小さな窓を開ける。
五月の日射しと、あたたかくあまい空気が一瞬にして入ってくる。
鳥のさえずりと子供達の声。ひさしぶりの五月らしい朝。
快晴の空の下、サクレクール寺院が、いっそう白く輝いている。

ソファベッドで眠っている友人を起こさないように
部屋の花瓶をキッチンに集めて、ひとつずつ水をかえる。

食器棚からつる下がったポータブルラジオをつけると、Gang Starr がかかっている。
DJ Premierが構築するローズピアノのループを聞いていると、
あるシーンが思い浮かぶ。
家族や恋人達がくつろぐ初夏の公園の上空を
誰かの手を離れた風船が、ゆっくりと昇っていく、というような。

花の茎を切るのにはいつも、柄に鴨の絵が描かれたナイフを使っている。
はさみだと、茎の導管をつぶしてしまう、と誰かに聞いたからだ。
五月の朝の日射しがナイフに反射して、部屋の中を駆ける。

友人はポンピドーセンターの近くの画廊を夫婦で経営している。
彼と彼の妻は、ほとんど別居状態。彼は妻の愛情を確認したがっている。
そして、妻は、若い学生の才能に入れ込んでいる。

学生とは一度会ったことがある。
彼は、2、3種類の強い色彩をシンプルに配置する絵が得意で、
マチスとチリの詩人パブロ・ネルーダを信望している。
 「パブロ・ネルーダの詩みたいな、きれいで官能的で強い絵が描きたいんですよ」

シャワーを浴びると、夕べの赤ワインと完全に縁が切れた気分になる。
サンサンと降り注ぐ五月の太陽の下へ出かける前のシャワーは、
なんて素晴らしいんだろう。

今日の仕事を頭の中で箇条書きにならべながらバスルームを出ると、
友人は、起きあがり、ぼんやりとしている。
彼は、夕べ、もうしばらくここにいさせてくれないか、と言っていた。

鴨の柄のナイフで、ルビーグレープフルーツを2つ、ざっくりと割って
二杯のフレッシュジュースをつくる。




Paris Montmartre

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by ayu_livre | 2007-06-03 08:32