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Haworth

世界の終わりのような土砂降りの雨の中、
キースリーからハワースへ向かう丘陵の農道を、
ひとりの男がびしょ濡れになりながら傘をさして歩いている。

男は今日、ロンドンで8年間経営していた小さな事務所をたたんだ。
一週間前には弁護士からの電話で、
離婚した妻が正式に娘の親権を持つことになった、と知らされた。

男は久しぶりにハワースの母親に電話をかけた。
帰ってくれば、と母親は言った。
親父は最近どうしてる、と聞くと母親はそっけなく答えた。
相変わらずよくクルマで出かけてるわよ。

男は、父親と、もうずいぶん前からまともに口もきいていなかった。
父親は、昔からクラシックアルファロメオのマニアで、
長い間アルファロメオオーナーズクラブUKの会長をしていた。
彼は家族の誰よりも自分のAlfa Romeo Giulia Spiderを愛していた。
いつもきれいに磨き上げ、間違っても雨の日には乗らないし、
助手席には、子供はもってのほか、妻でさえも乗せようとはしなかった。

今日いくつかの後処理を終えて、事務所の鍵を閉めた後、
男は近くの公園のベンチに座り、しばらく呆然としていた。

キングスクロス駅から列車に乗る前に、今日いまから帰るよ、と母親に電話した。
母親は、私がクルマでキースリーの駅まで迎えにいってあげるわよ、と言ってくれたが、
いいよ、歩いて帰るよ、と言って断った。

雨はさらに強まり風も出てきた、あたりが暗くなってゆく。冷気が鋭くなる。
男は、傘を持つかじかんだ手に息を吹きかける。

しばらくして、前方からライトをつけた一台のクルマが近づいて来る。
男は目を疑った。

世界の終わりのような土砂降りの雨の中を、
泥にまみれ、果敢なエンジン音を轟かせながら、
父親のAlfa Romeo Giulia Spiderがやってくる。




Haworth

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by ayu_livre | 2007-08-31 01:20

Tahiti 2

顔をつけた途端にミシミシと水中の音がする。
シュノーケリング。呼吸音。
ゆっくりとうねる水面に合わせてからだが少し上下する。
たくさんの光の輪が海底で変化する。小さなさかながひらめく。

地面についていない自分の足を見ている。
宇宙から地球を見降ろしているのはこんな感じだろうか。
でなければ、天国から地上を見降ろしているのはこんな感じだろうか。

ビーチの彼女はペーパーバックを読んでいる。
ビーチのデッキチェアに寝転がって
バスケットに詰め込んだ何冊かのペーパーバックを
かわるがわる少しずつ読むのが彼女の至福の時間。


夕べ、タヒチアンレストランで、彼女と別れることを決めた。
Jimmy Criffの〈Wonderfull World ,Beautifull People〉が小さく聞こえた。

海と日射しで、体が疲れていたので甘いものが欲しくなり、シャンパンをたのんだ。
自然に静かに話しができたのは、体が心地よく疲れていたからだろう。
話しはすぐに終わり、冷やされたシャンパンのキャビネットが来た。
ウェイターが何の音も立てずとても上手に栓を抜いたので
そのことを誉めると、ウェイターは舞台挨拶のように、少しおおげさにお辞儀をした。

気分がいい夜だった。

レストランは、断崖によせる夜の波の音で包まれ、
口の中は、きめ細かい炭酸と、飽きのこない甘さのシャンパンで包まれた。


水面に顔を上げ、振り返るとビーチがゆっくり上下している。
彼女がデッキチェアから起き上がり誰かと話しをしている。
オーストラリアから一人で来て、ビーチでずっと本を読んでいた青年だろうか。
毎日コテージとビーチを電気自動車で送迎してくれるホテルのボーイだろうか。

陸地のグリーンと海のブルーがハレーションを起こしている。

強烈なタヒチの逆光。
長いバカンスが終わる。




Tahiti 2

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by ayu_livre | 2007-08-21 06:08

shichirigahama


かわいた夏の夕暮れ。
妻の誕生日をするために、
七里ケ浜の断崖をのぼったイタリアンレストランへ。
西の空が黄金色に輝くのを、
クルマのバックミラーでちらちらと見ながら。

江の電の線路をまたぎ、
草木が茂る細い静かな崖の小路をのぼりきると、
オープンテラスのレストランがあらわれる。

にぎやかな会話。食器の音。ウェイターの声。眼下の波の音。
気持ちのいい風。シルエットになる江ノ島と富士山。
海沿いに連なる、心地よく疲れた赤いテールランプ。

まずは、スプマンテで乾杯。
暑かった夏の日の夕方、甘い飲み物が身体にしみこむ。

夕闇が濃くなるにつれ、波の音が大きく聞こえる。

西の空に、最後まで、富士山の美しいシルエットが残る。
夏のこの時期は、毎日のようにどこかの海岸で花火大会があって、
以前、ここからも見たことがある。
でも、花火があがらない、静かな夕暮れの湾も、かえって味わい深い。

ウエイターが蝋燭のランプをそれぞれのテーブルの上に置くと、たちまち夜。
海沿いの渋滞がほどけてきて、暗い海に、白い波頭がひらめく。
ドルチェは量があるのでひとつ。
レモンソルベ。
半分くらい味わって、あとは、溶けるままにまかせて、夏の湾をながめる。

帰りのクルマで、葉山のマリーナから放送している
湘南ビーチFMを聞いていると、ブルースが続けてかかる。
ブルースなんて、珍しいな、と思う。
ボ・ディドリーが歌い、ハウリング・ウルフが歌う。
真夏の夜の漆黒の海のように豊潤な音楽。

それから、しばらくブルースを聞きながら、
断崖のレストランのテーブルの上で、
ゆっくりと溶け続けるレモンソルベのことを
ぼんやりと考える。




shichirigahama

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by ayu_livre | 2007-08-19 06:29

Kuta

クタビーチのロスメン。
乾いたシーツのベッドに横になり、編み上げられた高天井を眺めている。

一日の疲れがゆっくりとひいてゆくのがわかる。
まだ全身が、ウェイティングの時の海のうねりを覚えている。


この一週間、ウルワツに通い続け、
毎日、日没間際まで極上の波を楽しんだ。

波を待つ、波に乗る、浅瀬の手前で引き返し、
いくつかの波をスルーして再び波を待つ。

自分が、空と海に溶け込んだ、喜びの機械になったような気分だった。


「ウルワツにいただろう」
ある日の夕方、クタのカフェで、一眼レフカメラをもった男に声をかけられた。
ナイフとフォークを両手に持ち、ジューシーで巨大なハンバーガーに
取りかかろうとしている時だった。

話してみると男は、同じ、カリフォルニアのロングビーチ出身で、
サーフィンのプロカメラマンだという。
「明日もウルワツに行く?なら、君のライディングを撮らしてもらえないかな」
男はそう言って自分が撮った何枚かの写真を取り出した。


クタの町の喧噪が、心地よい大きさで聞こえてくる。

ロスメンの入口につる下がっている、いくつかの竹でつくられた風鈴が、
風が吹く度にカランコロンと音をたてる。


カメラマンは、二、三日して、現像した十数枚の写真をカフェに持って来た。

夕暮れの通りに、トロピカルなネオンがつきはじめていた。
写真を見ながら、一枚もらっていいか、と聞くと、全部あげるよ、と笑った。
Doorsの〈Break on Through〉がかかっていた。
夕立ちの後の、つややかな輝きのような、
Ray Manzarekのオルガン。


ロスメンの庭を他の客達が通り過ぎる。

このまま眠ってしまおうか、
それとも、冷たいジントニックを飲みに行こうか。
うとうととしながら、考えている。




Kuta

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by ayu_livre | 2007-08-13 06:00

Rio de Janeiro

アリーナから見るとスタンド席には、
いろいろな色をした水が流れているように見える。
自分の番号の席へ急ぐ人、ビールやグッズを買いに行く人、
トイレに行く人の流れが、通路にそってできるからだ。

Rolling Stones サウスアメリカツアー、リオ・デ・ジャネイロ公演二日目。
アリーナD列25番、26番。

彼女は、席を探し当てたあと
ステージ上の巨大なスクリーンを見上げ歓声をあげた。

上空を数機のヘリコプターが、旋回している。
コンサート直前の昂る観客を、スタジアムの強烈な照明があますことなく照らしている。
BGMでかかっていたT.Rexの〈Telegram Sam〉が、
Jorge Benの〈Taji Maharl〉に変わると
スタジアムがはじめて目覚めたかのように沸き立った。

八月のリオのアリーナでは、ハイネケンは、すぐにぬるくなってしまう。
彼女は、キンキンに冷えたやつをもう一杯づつ買ってくるね、といって席を立った。
コパカパーナのビーチから直行したような水着の男女たちが、
前方の席の上で〈Taji Maharl〉に合わせて踊っている。

Stonesは、リオの公演の後、ブエノスアイレスで演奏し、
一度、南アフリカに立ち寄った後、オーストラリアや日本をまわるらしい。

コットンのシャツは、もう汗でぐったりとしている。
彼女が今年の誕生日にくれたペンダントが汗で胸にすいついている。

去年の誕生日は、彼女とケンカをしていて最低だった。
部屋に閉じこもって、ビールを飲みながら一日中MTVブラジルを見ていた。

ヘリコプターの音がしなくなったな、と思い上空を見上げた瞬間、
すべての照明が落ちた。
五万人の歓喜の歓声。

あとは彼女とStonesとハイネケンを待つだけ。





Rio de Janeiro

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by ayu_livre | 2007-08-06 00:06