transit

<   2008年 01月 ( 2 )   > この月の画像一覧

Istanbul

イスタンブール、新市街の高台にある部屋の窓を開ける。
キンと鋭利な冬の夜の空気。
はるか眼下のボスポラス海峡や旧市街からわきたつ喧噪。
旧市街と新市街をつなぐ、ガラタ橋を移動する小さな光の粒を眺める。

2年間のイスタンブール支局転属が決まったのが、ちょうど今頃。
夫は、2年だけだろ、と、理解してくれたものの、かなり気が重たかった。
イスタンブール支局のあまりいい噂は聞いていなかったし、
なにより、当時いたロンドンの職場や仕事に
かなり居心地のよさを感じていたからだ。

この部屋に着いた日の夜、夫と国際電話で話していて、
夫が最後に「じゃあね」、と言った時、
なんだか泣きそうになってびっくりした。
自分ってかなり弱くて、かなり夫に頼ってたんだな、と思い知った。
眼下で美しく輝くのが、イスタンブールだろうが、ガラタ橋だろうが、
ブルーモスクだろうか、それが、美しければ美しいほど、うらめしかった。

そして、2年がたち、明日、ここを離れロンドンに帰る。
ロンドンに帰る、と考えた時、まっさきに思い浮かんだのは、
夫や、夫のコートの匂いや、ふたりで暮らす部屋の
スチームヒーターの匂いではなかった。
毎朝、ジョギングしていたハイドパークの緑や空気だった。
また、あそこを私は毎朝、走るんだろうか、と思った。

この2年の間に、いろいろなことがあった。

はじめて、ここに着いて、眼下の美しく光るガラタ橋をうらめしく眺めた時、
まさか1年後に、とても仲良くなった男のひとと、
早朝、その橋をゆっくり親密にならんで歩いているなんて思いもしなかった。

あの日は、いつにも増して霧が濃い朝だった。
ガラタ橋には、もう釣り人がたくさん来ていて、
橋にそって、たくさんの釣り竿がアーチを描いて連なっていた。
やがて、あたりが明るくなり、霧が少し晴れてくると、
連なる釣り竿のアーチの向こうに、ぼんやりとブルーモスクがあらわれた。

幻想的だな、と思った。
風景がではなく、生きてることが。

夫は、電話で、「明日、ヒースロー空港まで迎えに行くよ」と言ってくれた。
夫は相変わらず、「じゃあね」と言って電話を切った。
眼下にまばゆく幻想的なイスタンブールの街が広がっている。




Istanbul
[PR]
by ayu_livre | 2008-01-21 01:16

Manton


一月にしてはあたたかい日曜日、レモン祭りの近付いたマントン。
市内で暮らす父は、最近圧力釜を買った。

たまに電話をかけると、
「あの圧力釜はいいぞ、魚の骨まで食べられるぞ」
とはじまる。

しまいに、「圧力釜で煮たブイヤベースをふるまうから夕飯を食べに来い」と言うので、
しかたなく、父の好きなホウレンソウのキッシュを作って妻と出掛けた。


「どうだ、骨、やわらかいだろう、頭も食べれるぞ」
圧力釜で煮込んだタラの身は、たしかにやわらかくておいしい。

「でもさ、すすんで骨を食べようとは思わないよ、頭も。
 身は、たしかにやわらかくておいしいから、それでいいじゃない」
父に言うが、自慢げな父は聞かない。

「試しに食べてみろって、あの圧力釜は本当に凄い、でも目は固いな、残しなさい」
父の親戚から毎年送られてくる白ワインは、いつもおいしい。

「でも、骨は食べたくないなあ...」
父の相棒のケリーが、おすわりしながらしっぽを振って魚の骨を待っている。


妻は、「ほんとにやわらかい」といって、ぺろりと一匹食べてしまった。
さすがに頭は残したが。
僕は、骨も頭も残したので、父は少し淋しげ。


食後は、皆で父の好きなJuliette Grecoのレコードを聞きながら
濃いエスプレッソを飲んだ。
久しぶりに聞くとJuliette Grecoもなかなか悪くないな、と思った。
彼女は、〈La Javanaise〉を歌っている。
まるで、空中にあるなにかとても美しいものの輪郭を、
手のひらでそっとなぞるように。


モナコとヴィルフランシュの夜景が見たい、と妻が言うので、
帰りは海岸線を通っていくことにした。

Peugeot407のステアリングを切りながら、
自分も確かに、いいと思ったものを
強引にすすめることがあるよな、と思い返し、
今後、気を付けよう、なんて考えた。

サイドシートの妻は夜景を見ながらうとうととしている。
バックシートでは、父に借りたJuliette Grecoのレコードが
車の振動に合わせて細かく揺れている。




Manton




























[PR]
by ayu_livre | 2008-01-17 02:12