transit

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Arezzo


よく、イタリア人は家族主義、と言われるが、おそらく兄には当てはまらない。
トリノの大学に行っている時は、まだよかった。
一年に一回、クリスマスには、アレッツォの実家に帰ってきてたからだ。
それが、トリノの貿易商社に勤め出してからは、
しだいに帰省のインターバルがあき、この前、兄が帰ってきたのは
叔父の葬儀の時で、五年ぶりだった。
兄が、ひさしぶりに帰ってきてまず関心をもったのは、
僕が中古で買ったJaguar XKRというスポーツカーだった。
「すごいかたちだな、なんだよ、これは」
「英語でいうとこのろのspritだよ、僕の」と答えると、笑いもせずに兄が言った。
「spritが、汚れてるじゃないか」

それからほどなくして母が持病の心臓病で入院し、
病状が深刻になっても、兄はなかなか帰ってこなかった。
二度目の大きな発作のあと、さすがに心配になって、
顔を見せに来てくれるように電話した。
兄は、短く「わかった」と言って電話を切った。

二月の冷え込むある晩、母は三度目の発作を起こしたが、なんとかのりこえた。
母のとなりの簡易ベッドに腰掛けたまま、眠ってしまったらしい。
ふと目を覚ますと、スーツ姿の兄が僕の横に腰掛けて眠っている。
兄を簡易ベッドに寝かせ、毛布をかけてやってから、
ダウンジャケットをはおり、病院の外へ出る。

鋭い冷気の中で夜が明けようとしている。

病院の駐車場にとめてあるJaguar XKRのところに行きかけて足が止まった。
隣にXKRの屋根が開くタイプのConvertibleがとまっている。
兄のものだと直感した。

なるほどね、と僕はすべてがわかった気がして可笑しくなる。
あの兄が、ただ黙って、妻と子供二人をかかえ、大企業の中で、
貧相な人間といっしょに、毎日の仕事だけをこなすなんてできるわけがないのだ。
僕は少し安心する。

二月の美しい朝日が昇りはじめ、
二台の少し汚れたspritを、焼け付くような赤で染め上げる。





Arezzo






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by ayu_livre | 2008-02-24 01:09

San Francisco

よく晴れた二月の水曜日、鋪道に残った雪が、
午前の空気をいっそうピカピカに磨きあげている。
ダウンタウンのスターバックスコーヒー。
南側の陽のあたるテーブルで
母親と小さな男の子が並んで本を読んでいる。

先程、 ふたりは、2ブロック先に新しくできた
3階建てのブックストアで、お気に入りの本を仕入れてきたばかり。

母親が買ったのは、メキシコの建築家ルイス・バラカンの小さなサイズの写真集。
男の子が買ったのは、CG映画「モンスターズ・インク」のストーリーブック。
ふたりは、Art Farmerのかかるあたたかな店内で
キャラメルマッキャートのMサイズとSサイズを飲みながら
ゆっくりとページをめくっている。

編集の仕事をしている母親は、
朝、 なんだか急に休みたくなって職場に電話を入れた。
ちょうど仕事の谷間だったので、細かな用件だけ部下に頼んだ。
眠そうな顔で、シリアルをたべている息子に
「今日学校休めないの?」と聞くと
「休めるよ」というので、ふたりで出かけることした。

本をひとおおり読み終えると、ふたりは、
これから、どこに行こうか話し合った。

男の子が、飛行機が見たい、というので
ok、サンフランシスコ空港までドライブしょう、と母親が言って席を立った。

フリーウェイを フォードフォーカスで走しりながら、
ふたりは、Princeのアコースティックアルバムを聞いていた。
おおらかなメロディとキラキラとしたアコースティックギターが、
あたたかな二月の車内を満たした。

男の子が、飛行機を見たらジャパンタウンのヤキニクに行こうよ、と提案した。

日ざしはすっかり高くなり、
街に戻る頃にはもう雪はなくなっているだろうな、と母親は思った。




San Francisco

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by ayu_livre | 2008-02-11 10:27