transit

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Havana

友人は、キューバ人にしては、めずらしくサルサで踊らない。
踊れないのでない。踊らないのだ。
カーサ・デ・ムジカで働いている知り合いによると
以前は、よく女の子を連れて、踊りに来ていたらしい。

旧市街の小さな公園。生い茂った樹々の木漏れ日が、木製のベンチの上で揺れている。
落ち着いた話し方の彼が、ゆっくりと煙草を吸いながら
行ったことのない国の話をするのを聞いていると、なぜか、いつも気持ちがなごむ。

「日本には、エレクトロニクス産業の研修で、何度か行ったんだ。
 もともと外国の言葉を覚えるのが好きで、英語と日本語がすこしできたから、
 よく海外研修のメンバーに選ばれてた。
 向こうに行く度にコーディネートしてくれる日本人の女の子が、
 Beny Moreのファンだったから、日本で売ってないCDを
 おみやげにあげたりしてるうちに仲良くなった。
 ある晩、なにかのパーティを彼女と抜け出して、タクシーでサクラを見に行った。
 ええと、あの場所は、チドリガフチっていったかな。
 日本の王族が暮らしている、ものすごく大きな城跡のようなところを、
 河みたいな水路が囲んでいて、そのあたり一面にサクラが咲いてるんだ。
 咲いてるっていうような、なまやさしい感じじゃないな、
 火事や空爆みたいに、あたり一帯に信じられない大きな事件が起きてる感じだった。
 しかもそれが静かで、とてつもなくきれいなんだ。なんだか気が狂いそうになったよ」

向いのベンチでは、お腹の大きな女が、のんびりと本を読んでる、
チドリガフチのサクラのことを想像してみる。彼が続けた。

「サクラの下に腰掛けて、彼女は、来月結婚するって話しだした。
 おれは、ずっとサクラを見上げてた。
 彼女は、夜の空いっぱいにひろがるサクラを見上げながら
 止まってる雪みたいねって言ったんだ。
 雪って本物を見たことないけど、こんな感じなのかな、って思ったよ」

アンボス・ムンドスのカフェテリアから、ピアノとフルートの演奏が聞こえてくる。
彼は、それを聞いて思い出したように付け加えた。
「ひとりでタクシーをひろって、ホテルへ帰る途中、ラジオでBeatlesの〈Girl〉
っていう曲がかかってた。ため息みたいな曲だな、と思ったな」
それから二人、それぞれ黙って煙草を吸いながら、〈Girl〉という曲のことを考えた。


Havana

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by ayu_livre | 2008-03-09 14:29