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Manchester

おれとミミは仲が悪い。
朝、廊下ですれちがってもあいさつもしない。

ミミは、白い雑種の猫で、公園で具合が悪そうにしているところを、
ケイティに拾われた。
ケイティは、半年前に別の男と住むといって、ミミを連れて出て行った。
でも、すぐにミミを連れて戻って来た。
「彼が、猫と住むのはどうしてもいやだ、っていうの。
 ミミがかわいそうだから置いてあげて。お願い」
そうやって、ミミとの生活がはじまった。

ケイティと暮らしている頃から、おれとミミは、仲が悪かった。
でもなぜか、昔から寝るときは、おれの足もとでまるくなって寝ていた。
おれが寝返りをうったり、毛布を引き上げたりすると、
奴は、むくり、と首を持ち上げて、非難がましくおれを見る。
おれは、なんだよ、という目で奴を見て、しばし夜中ににらみ合ったりしていた。

ミミは、おれには強気だが、外の物音には、すぐにおびえる。
郵便配達が来たり、道路工事がはじまったり、花火が大きな音をたてたりすると、
普段は自信ありげに、ピンと上を向いているしっぽを
力なく下げて、ベッドの下に入っていく。

今日は、アパートの上の階で引っ越しをしているらしく、
朝から、かなりどたばたと騒がしい。
ミミは、いつものようにしっぽを下げて、ベッドの下に潜り込む。
おれは、ベッドの上でNMEを読みながら、
タランティーノの映画に出てくるようなアメリカ人の口調でミミを冷やかす。
ヘーイ、そこの白いチキン野郎、こわいのかいっ。

しばらくして、おれがそのままベッドでうとうとしてると
ミミが急に飛び上がってきて、おれの足首に噛み付く。
おれは、痛っ、と叫び、びっくりして飛び起きる。
奴は、ささっとキッチンの方に逃げて行く。

どうやら、奴は、チキン野郎、と言われるのが
がまんならないらしい。



Manchester
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by ayu_livre | 2008-08-28 03:02

Buenos Aires

ブエノスアイレス、金曜日の夕刻。
大通りのカフェでホットチョコレートを飲んでいる。
九月にしては、今日はかなり気温が下がった。
ウェイターは女性客にブランケットを勧めている。

信号が変わると、たくさんの人が大通りをわたってゆく。
東洋系の観光客が、通りの真ん中から、シンボル・オベリスコの写真を撮っている。

彼と会わなくなってからもう二か月たった。
しばらくは、彼に関するものすべてをなにも目に入れたくなかった。
待ち合わせてよく通ったカフェも見ないようにして歩いた。

彼はフランス人の精神分析医と結婚していたが、一年ほど前に離婚した。
わたしは三年前に結婚したが、夫が身体を壊し、実家の近くの病院に入院してからは、
ほとんどひとり暮しのような生活を送っていた。

今日、ひさしぶりに食事をしませんか?と彼から連絡が来た。
それから、打ち合わせに出かけて、思ったよりはやく終わったので、
クライアントの近くの目についたカフェに入った。
ホットチョコレートを頼んだ。

大量のクルマの往来を眺めながら、さっきの打ち合わせのことを考えた。
それから、明日は何時に夫の病院へ行こうかと考えた。
そして、彼のことを考えた。
今日会ったら、と思った。また、あのいきつけのカフェに行って、食事をして、
彼はいろいろなことを話すだろう。
二人で長い時間をかけてチリのワインをたくさん飲むだろう。
きっと明日病院に行く時間は遅れるだろう。

隣のテーブルの女の子が、食べていたパフェをスプーンですくって、
お母さんにすすめている。

しばらくして、携帯電話で彼に断りの電話をかけた。留守番電話だった。
電話を切ると、とても自由な気分になった。
なんだか甘い物が食べたくなった。
あしたは、ケーキを買って、こっそり夫に食べさせてあげよう、と思いながら
テーブルの上に代金を置いて席を立った。



Buenos Aires
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by ayu_livre | 2008-08-17 22:55