transit

Rio de Janeiro 2

ビーチから少し奥まった高層マンション。十九階の一室。
開け放した窓からは、初夏の匂い、生き物ようなリオ・デ・ジャネイロの喧騒。

仕事で疲れ切った男が、ベッドに横たわっている。
男は帰るとすぐにシャワーを浴び、クリーニングから戻ってきた
新しいシーツを敷いて、ベッドに倒れ込んだ。

しばらくすると、男はサイドテーブルのiBookを起動させ
手近のDVDをiBookの横腹に差し込む。
薄暗い部屋に何かが目を覚ますかのように
iBookのディズプレイが映画をはじめる。
男はぼんやりと映像を見る。

サイドテーブルにあるDVDはすべて、ウォン・カーワァイという香港の監督の作品。
「Days of being Wild」「2046」「In the Mood for Love」「Happy Together」。
つややかな、発光しているような映像を顔に浴びながら
男はうつらうつらしはじめる。
光、色彩、雨、椰子の木、女優、男優、食べ物、衣装、
ドアノブ、壁、笑い声、怒鳴り声、涙き声、
Xavier Cugatの響き、Nat King Coleの響き、Caetano Velosoの響き。
すべてが、つややかに輝いている。

しばらく眠ってしまった男は、ふと目をさます。
男の目に、まだ続いているウォン・カーワァイの映像が映る。

初夏。リオ・デ・ジャネイロの真夜中の喧騒。
まだ、なにも汚れていない今年の夏が、静かに生まれようとしている。

男は深く眠ってしまった。
ビーチから少し奥まった高層マンション。
十九階の薄暗い一室を、ウォン・カーワァイの映像が照らしている。



Rio de Janeiro 2
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# by ayu_livre | 2009-08-17 21:51

Napoli

早朝のメリデリーサ港。
ヨットハーバーの近くに、Alfa Romeo156を止める。
シートを後ろに倒し、両手を頭の後ろで組む。
ヨットの無数のマストに、無数のロープがあたる
カラカラカラという音がする。

もう間もなく、ベスビオス火山の向こうから六月の朝日が昇り、
いちばん最初に丘の上のサンマルティーノ修道院を照らすはず。

夕べのパーティの騒がしさの余韻がまだ耳に残っている。
高校、大学とずっと一緒だった仲間の結婚パーティ。
彼等はホテルパーカーの最上階のレストランを借し切り、
サルサバンドを入れた。
仲間の中で、誰もが最初に結婚するだろうと思っていた彼等が
結局、一番最後になった。
実際に一番最初に結婚したのは自分で、誰も予想してなかったし、
自分でも予想してなかった。

どっしりとそびえる「卵城」がゆっくりと赤みをおびてゆくのを見ていると、
いつも気分が落ち着く。

レストランのパーティの後、新郎新婦のスイートに押しかけたのは覚えているが
その後の記憶がない。
目が覚めたらまわりでは、みんなバタバタと眠っていた。
シワだらけのスーツで、156を出し、ゆっくり走って、ヨットハーバーで停めた。

きれいな夜明けの青空を、気持ちよくちぎれた雲が移動している。
上空は風が強そう。今日もよく晴れるだろう。

ラジオをつけると、なつかしいCyndi Lauperが、なつかしい曲を唄っている。
早起きの鳶は、旋回をはじめたが、
カプリやイスキアへ観光客を運ぶフェリーは、桟橋でまだじっと眠ったまま。
Cyndi Lauperが泣きそうな声で、〈Time After Time〉とくり返すのを聞き終えると
156のエンジンをかけた。



Napoli
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# by ayu_livre | 2009-07-06 01:41

TDL

前の晩からたくさんの雪が降り続けて、
特別に朝から閉園したディズニーランド。

夜半になって雪はやむ。

常規を逸脱した夢の王国は
一面の真っ白な雪のなかに埋もれている。

白く静粛で敬虔な別世界。

すべては静止し、沈黙している。

カリブの海賊達は、争いごとや
ばか騒ぎをやめている。

トゥーンタウンの路面電車も、
ウエスタンリバー鉄道もしんと停車したたまま
身体を休めている。

カントリーベアシアターの熊の楽団も沈黙する。
ホーンデッドマンションの住人も。
チキルームの極彩色の鳥たちも。
アリスが開いたティーパーティも。
そして、あの青く美しいお城も。
深く冷たく沈黙する。





かなりの時間がたって、
ふいに七人の小人の誰かが、
口をひらく。


「おや、きょうは子供たちも恋人たちも
こないようだね」


他の小人がゆっくり答える。


「この雪だものね。
でも、静かなのも、いいものだね」


他の小人がうなずく。


「ああ、ほんとだ、静かなのもいいものだ」



その夜、夢の王国の住人たちは、
アメリカンマナーの微笑みの
頬の筋肉をすこしだけゆるめる。

そして、白雪姫やピノキオやピーターパン達は、
故郷の遠いヨーロッパの冬を想う。



夜深く、気が済んだかのように雲はきれ、
ビックサンダーマウンテンのはるか上空に、
明るい月が輝く。

ずっと外にいたダンボが、
広げた耳をかすかにうごかす。

雪がカサっと落ちる。

夜空に波紋のように冬の星座がひろがる。



TDL
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# by ayu_livre | 2009-05-17 12:35

Paris Le Marais

エミールと僕はいつもうんと早起きをする。

そして、朝の清潔で、ひろびろとしていて、
なにかのルールの外にいるような、あのしんとした時間をたっぷりと楽しむ。 
ベッドで過ごしたり、リビングのソファで冷たいペリエを飲みながら小説を読んだり、
片付けをしたり、静かに食べるものを用意したり。

外にもよく出かける。
すぐそばのヴォージュ広場、ギマールのユダヤ教会に行くのもいい。
ノートルダムやルーブルなんかの観光地も早朝だとプライベートな顔をしている。
冷たい風は心地よく、植物は朝露に濡れ、路地に自分達の足音が響き、
街は観光客のものでも、誰のものでもなくなる。
自己主張の強い市民もしゃべるのをやめて死んだように眠っている。
空気だけじゃなくて、自分や世界までもが清潔になったような気がする。
そういえば、僕の誕生日には、カフェフロールのまだ誰もいない2階席に陣取り、
熱々のオニオンスープで乾杯した。

僕らが本当に生きているのは、この早朝の時間だけ。
あとは残りの時間。
僕らはすでに自分達の一日を過ごしてしまった充足感と疲労感を感じながら
残りの時間、生活のためにおとなしく働く。

エミールは二人でそれぞれの仕事場に出かける時によく僕に、
「いい子にしているんだよ」と言う。そして、
「仕事以外の時間は、なにをしてもいいからね」と言う。

朝の清潔な空気が失われている仕事の時間、いい子にしているのは気持ちがいい。
怒ったり、口論したりするのも労力の無駄だしね。

今日は雨降りなので、エミールと僕は、起きてからずっとベッドで本を読んでいる。
最近僕らの間ではスペインがブームで、僕はガルシア・ロルカの詩集を、
エミールはマグリット・デュラスの「夏の夜の10時半」を読んでいる。

しばらくして、僕らは読んでいる本に飽きると、おたがいの本を交換する。
死んだ後の世界のような、きれいでしんとした朝の中で。




Paris Le Marais
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# by ayu_livre | 2009-03-16 05:18

San Diego

8歳になる息子のマイクと、「スター・ウォーズ エピソード3」の
初日上映をたった今、見終わったところ。
マイクは、アナキンの悲劇にショックを受けた様子。

帰り際、映画館が併設されているショッピングモールの駐車場は、
“スター・ウォーズ渋滞”が起きていた。
駐車場を出る頃には、19時をまわっていたので、そのままマイクのお気に入りの
メアリーズ・グリル・ダイナーで夕飯を食べることにした。

ダイナーのシートに向かい合って座り、
トロピカル・グリルバーガーとペプシをオーダーしてからは、
二人ともなにもしゃべらなかった。

しばらくして、マイクがつぶやく。
「ママもどこかで観たかな」
ダイナーの窓から、自分のピックアップを眺めながら答える。
「観たと思うよ」
「パパとママの初めてのデートは、エピソード4だったんでしょ」
 ちょっとびっくりする。「ママに聞いたの?」
「うん。スター・ウォーズはハイスクールの時、
 ボーリング場の隣のドライブインシアターでパパとはじめて見たって。
 それから、エピソード5もエピソード6もパパと初日に観たって」

トロピカル・グリルバーガーを食べながら、二人ともあまり口をきかない。
さっきの「スター・ウォーズ エピソード3」の強烈なシーンが、
頭にいくつもよみがえってくる。

ふと気づいたように、マイクが聞いてくる。
「イオーク達は、無事だったかなあ、チューイ達みたいにたくさんやられなかったかな」

ちょっと背が小さいことを気にしているマイクは、昔からイオークの大ファンだった。
今でもベッド脇のスタンドのまわりには、イオーク達のフィギアが並んでいる。

「エンドアは遠い星だから、きっと大丈夫だよ」
そう答えると、マイクは、力なく、うん、とうなずいた。



San Diego
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# by ayu_livre | 2009-01-25 11:03

Capri

ナポリからカプリ島に行く、高速フェリーCapri Jetの最後尾で
妻に背中をさすられている。
三十年前も確かこんな風に背中をさすられていた。

「なんだか、かえって気持ち悪くなるから、いいよ」
と妻に言うが、これも三十年前と同じセリフかもしれない。

あの時は、Capri Jetの大男の乗務員が、私の前に立ちはだかり、
無言でビニール袋を差し出してくれた。

三十年前、私と妻は、結婚式を挙げる新郎と新婦としてカプリ島へ向かっていた。
両家の家族が何人もいたが、船に酔っていたのは私だけだった。

結婚三十年目だし、今度は二人だけでカプリに行かない?
という妻の提案に同意し、今年のヴァカンスが決まった。
ホテルも三十年前と同じアナカプリの断崖にあるホテルを予約した。
そのホテルの部屋からは、夜、はるか対岸のナポリの灯りが見えた。
朝は、ソレント半島の向こうから上る朝日に輝く、銀色の海が美しかった。
テラスで朝食をとっていると、朝一番のCapri Jetが早朝の輝く静かな海に、
ゆるやかにカーブする轍を描きながら港に入ってくるのが見えた。

やっと船酔いが落ち着いて、船内に戻ると、
真っ青な海の向こう、目前に、白くそびえ立つカプリ島があった。

前回も、結婚式で、家族がいて、楽しかったけど、
今回は、ふたりでのんびりしましょうね、と妻は言う。
でも、おそらく、前回入れなかった青の洞窟や、
マリーナ・ピッコロやアナカプリのソラーロ山なんかには行きたがるだろうな、と思う。

妻は鼻歌を歌っている。
さっきまで船内で流れていた「カ〜プリ〜」というカンツオーネのメロディ。
Capri Jetが接岸する。
ヴァカンスに胸を膨らませたたくさんの観光客と一緒に出口に並ぶ。
三十年前と同じように、妻と手をつないで
マリーナ・グランデに降り立つ。


Capri
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# by ayu_livre | 2008-12-29 09:28