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Paris Champs-Elysees

おにいちゃんが働きはじめてから、一緒に出かけるのはひさしぶりだった。
おにいちゃんとわたしは歳が一五コはなれている。

その日、ママが、鍵のかかる病院に入った。
帰る時、おにいちゃんは、病院の人に「よろしくお願いします」と頭を下げた。
パリに戻る電車の中では、ずっと泣きそうな顔をしたまま、なにもしゃべらなかった。
わたしは、背中がぴんとのびるようなキレイなものや、すてきなものを、
なるべくたくさん思い出そうとしていた。



ギャラリーラファイエットの真っ赤なクリスマスツリー、

オペラ・ガルニエのショップで見たエトワールのポストカードセット、

自然博物館の動物たちの静かな目、

サンジェルマン・デ・プレ教会の裏の家具屋さんのテーブルの飾り方、

ビッシー通りの文具屋さんの、トカゲのかたちをした金色のしおり、

〈Super Freak〉という悲しいメロディの歌、

パッシーの植物みたいな家の門、

ピエール・エルメのショーケースにパレットみたいにならんだマカロン、

プジョーアヴェニューで見た昆虫みたいなプジョーの未来のクルマ、

サンジェルマン・デ・プレ教会のガラスと鉄でできた扉がつくる陰、

冬のサーカスで身体がすごくやわらかい女の子たちが踊ったときの水の中みたいなライトの色、

アラブ世界研究所の窓からのぞいた冬のエッフェル塔、

ラパンアジルで、歌手の人が使っていた手回しオルガン、

表紙と裏の表紙をくっつけるとすてきなメゾンができあがる飛び出す絵本、

ギャラリージェフロアのお店に飾ってあった、雪がつもっているドールハウス、

プランタンの青い青いガラスのドーム、

コンコルド広場の白い白い観覧車...。



おにいちゃんが、「にぎやかなところで、なにか食べよう」と言って、
電車を乗り換えて、シャンゼリゼで降りた。

クリスマスのシャンゼリゼは、やっぱり人でいっぱいだったけど、
いろんな国の人や、あかりで飾られた並木に囲まれていると、ちょっとほっとした。

凱旋門の近くのカフェに入って、ピザを食べた。
しばらくしてから、おにいちゃんが話しかけてきた。
「これからクルマ買いに行きたいんだけど、つきあってくれる?
 青くて、屋根が開いて、Alfa Romeoっていうクルマなんだけど」
わたしは、こくんと、うなずいた。

それから、久しぶりに手をつないで、すごい人通りのシャンゼリゼを歩き出した。

それが、おにいちゃんが青いAlfa Romeoを買った日のこと。



Paris Champs-Elysees
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# by ayu_livre | 2008-12-21 10:54

Paris Les Halles

メトロのレ・アル駅から、ほど近く、
1900年代の内装がノスタルジーを誘うエスカルゴが名物のレストラン。
いよいよ明日、日本に帰るという日に大学教授の夫妻が、
送別会を開きましょう、と連れて来てくれた。

大学教授は、数年前、都市再開発の研修のために来日した。
当時、そのプロジェクトの広報を担当していたので、ガイド役に選ばれ
再開発地区の他にヨコハマやカマクラなども案内した。
あの時のお礼に、ということでパリに招かれ、
五日間、パリのモダン建築を案内してもらった。

大学教授の夫妻は二人とも日本贔屓で、いままで数回日本を訪れ、
東京、京都、大阪、そして九州まで足を伸ばしていた。
「アソが見たかったのよ」と奥さん。
「直径が数十㎞くらいのとても大きな外輪山の中が美しい大草原になっていて、
 その中をゆっくり車で走ったの。あそこ、なんて言ったかしら、日本語で」
殻の付いていないエスカルゴがちらばる濃厚なスープにパンを浸しながら答える。
「〈草千里〉ですよ」
「そうそう、〈クサセンリ〉。thouthant miles of glass feildみたいな意味よね
 あなたも行ったことがある?」
「ええ、小学生の時に親と祖父母と一緒に。子供ながらに、その風景に感動して、
 お土産物屋で売っていたポスターを親にねだって買ってもらいました」
「どんなポスター?」大学教授がワインのおかわりをオーダーしながら聞く。
「夕暮れの草千里で、二頭の馬が佇んでいる写真です」

そのポスターは、旅行から帰ると、しばらく自分の部屋に貼っていたが、
いつしか剥がしてしまった。
大学受験の頃、祖父が入院していて、
病院の部屋が殺風景だったので、
草千里のポスターを引っぱり出して持って行って貼ってあげた。
祖父はもう記憶がおぼろげだったから、
覚えているかどうか分からなかったけど、
とりあえず部屋はだいぶ明るくなった。

「あの景色は、とてもきれいで、いまだに現実だったとは思えないわ」と奥さん。
ゲイのウェイターが流暢な動作で、
三人のグラスにワインを注いでくれている。



Paris Les Halles
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# by ayu_livre | 2008-12-12 01:12

Havana 2

「そういえば」
Hotel Santa Isabelと刺繍された制服に
そでを通しているときにふと思い出した。
二週間ほど前にマレコン通り沿いのバーで意気投合した男に
Los Van Vanのテープを借りたままだった。

ホテルのパティオでは、スペイン人のカップルが朝食を食べている。
今日は、バラデロに泳ぎに行くといっていた。
二階に上がり、パティオを囲む回廊に置かれた
革のデッキチェアをひととおり拭く。
ベンジャミンの鉢植えに水をさす。
一月のハバナは雲が多く、キューバ人にとっては寒い。
だからこの季節でもバラデロに行きたがるのは外国人だけだ。

屋上に散乱している日光浴用のデッキチェアをひととおり片付けると、
柵にもたれながらたばこに火をつけ、
向いの旧大統領官邸に掲げられたキューバ国旗をしばらく眺めた。
通りのカフェの生演奏がもうはじまっている。
これは、たしか〈Brazil〉という曲だ。

あの男は、この店にはよく来るから、また会ったらその時に
テープを返してくれよ、と言っていた。
だがあの店にはあれから行っていない。
この二週間の間にいろいろなことがあった。
58年型シボレーと61年型キャデラックの派手な事故を見た。
新市街のジェラッテリアに新しく加わった『コーヒー味』をはじめて食べた。
彼女と別れた。
バーテンダーに双児の子供が生まれた。
古い知り合いのボクサーが、ライト級のタイトルマッチでノックアウトされた。
レセプションの女の子が三度目の結婚をした。

バラデロ行きのバスにスペイン人のカップルが乗り込んでいる。
この分だと今日は少し暑くなりそうだ。
たむろしてる鳩をモップで追い払い、〈Brazil〉に合わせて腰を振りながら
屋上の掃除を始めた。


Havana 2
                  
















     
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# by ayu_livre | 2008-12-01 01:41

Portfino

十一月の冷たい雨が降っている。
雨は少量だが、ポルトフィーノへと続く狭い車道は満遍なくぬれている。
V6エンジンを積んだAlfa Romeo Spiderを駆っての
週末のドライブは、私の神聖なルーティンワークである。
ミラノでのあわただしく人間性に欠いた一週間をきれいに洗い流す。

アクセルとエンジンとの関係や、
ステアリングとコーナーとの関係に神経を研ぎ澄ます。
サイドミラーに映る前衛的なグルーブが寸分の迷いもなく主張する、
積み重なる歴史からまっすぐに未来へ向かう意志に思いを馳せ、
独特な匂いのするインテリアに深く身を沈める。
Spiderを生み出したチェントロステーレとピニンファリーナのことを考え、
ミレッミリアを駆け抜けたタッツィオ・ヌボラーリの爆音に耳を澄まし、
かつてベルニーニやミケランジェロが美しく刻み出した
イタリアの文化そのものを全身で体感する。
冬の緑をぬらす静かな雨の中での濃密な時間。

ポルトフィーノの港へ降りてゆく手前。
ホテルスプレンドールを向かい見る斜面の中腹にそのレストランテはある。
広いガラス張りのエントランスには、オーナーが所有する
Alfa Romeo 6C 2500 Villa d'Esteが展示されている。
私は、週末毎に“彼女”に逢いに来る。
いくつかの輝くライトの下で、磨きあげられた『彼女』は、
私に、より広い世界の存在と、気の遠くなるような時間の流れを
訪れる度に何度でもレクチャーしてくれる。

港に面したショップやカフェに夕方の灯りが灯る。
ミケランジェロ・アントニオーニの映画の中で、ソフィー・マルソーが働いていた
エンポリオ・アルマーニのショップにも。

苦味の強いエスプレッソを飲み干す頃には、雨はすっかりあがっていて
急速に東へ流れてゆく雲の間から金星が見えた。

ソフトトップを開ける。
冷徹な外科医のようにレザーの手袋を両手に深くはめ
ハーフコートの襟にあしらわれたミンクの毛並みを首に感じながら
Spiderをスタートさせる。
胸の中を冬の空気だけが通り抜ける。


Portfino
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# by ayu_livre | 2008-11-03 08:24

Philadelphia

日曜日の、のんびりとざわめくオープンカフェ。
煎れたてのコーヒーの匂い。
こんがりと焼かれたクラブハウスサンドの匂い。
山盛りのフライドポテトの匂い。

カフェの隅でバンドがチューニングをしている。
ウッドベース、シンプルなドラムセット、
フロントマンは椅子に座り、ハーモニカホルダーを首にかけ、
ドブロギターをチューニングしている。

カフェの客は、バンドにとくに関心をよせていない。
Stray Catsの子供用Tシャツを着た小さな男の子だけが
早く演奏がはじまらないかと、そわそわしながらバンドを見ている。

男の子の父親は、男の子とお揃いのStray CatsのTシャツを着て
本を読みながら、エスプレッソを飲んでいる。

ごく自然にバンドの演奏が、はじまる。
ゆっくりと弾む、いなたいリズム&ブルーズ。
カフェの客の関心はそのままだが、
その中の何人かは、バンドの方は見なくても自然にリズムをとっている。
ごく自然な日常のリズム&ブルーズ。

小さな男の子は、すぐに席をたつ。
両手を挙げ、弾むリズムに合わせてゆっくりと身体を揺する。頭を揺する。

父親は、まだ本を読んでいる。
でも、指はブンブンとうねるウッドベースに合わせてリズムをとっている。

小さな男の子の足下には、オープンカフェのまわりに生い茂る
ケヤキの木からの木漏れ日が波紋のように広がっている。
木漏れ日のような音楽。音楽のような木漏れ日。

小さな男の子は、いなたいリズム&ブルーズのシャワーと
木漏れ日のシャワーを浴びながら、
気持ち良さそうに身体を揺すっている。



Philadelphia
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# by ayu_livre | 2008-10-16 02:31

Roma 3

初夏の日差しがギラギラと照りつける昼休み、サンタンジェロ城の裏手で、
渋滞に巻き込まれている。目の前に花屋がある。僕は姉のことを思い出している。

二人で暮らしていた頃、姉は、いつも派手な色の花を買って来て飾っていた。
だって、花がなくちゃ生きていけないじゃない、という口癖をよく聞かされた。


姉が入院したのは、僕の娘のマリアが十五の時だから、三年前だ。
脳が速い速度で萎縮してゆく難しい病気だと医者は僕に説明した。

姉は見舞いになんか来なくていい、と言っていたが、僕はたまに病院に行った。
脳を使うように、たくさん手紙を書いて置いていった。
マリアのことや、猫のミルのこと、仕事のこと、そしてきれいな花の写真を添えた。

ある日、病室の衣装入れを整理している時、その中に姉が昔から履いている
すごく短いスカートがいくつかあるのを見つけた。
「ちょっとよくなったらさ、履いて歩こうかと思って」ニヤリと笑う姉に僕は聞いた。
「あのさあ、姉さんが死んじゃったら、このスカートもらっていい?」
「いいけど、あんた、変態?」まじめに聞く姉に、僕はまじめに答えた。
「うーんと、愛してるだけだけど。まずかったかな」
姉と僕は声を殺してククククと笑った。

徐々に、姉はいろいろなことの識別能力が低下していった。
僕は手紙をやめて、ポラロイドで花やきれいなものをたくさん撮って、
マジックでひとことづつコメントを書き、姉に持って行った。
シチリアへ旅行に行った時に撮ってきたブーゲンビリアの写真が、
姉のお気に入りで、きれいねえ、と言ってずっと眺めていた。

姉が眠ったまま目を覚まさなくなると、僕は病院に行く回数を減らした。
妻のクミは、いいの?と聞いたが、いいんだよ、と答えた、一緒にたくさん笑ったしね。

姉が亡くなってしばらくして、姉のすごく短いスカートを見つけたマリアが
あら、カッコイイスカート、おばさんの?もらっていい?と言うので、あげた。


渋滞が流れ出す。クルマのラジオでOasisの〈Don't Look Back in Anger〉がはじまる。
Oasisのアニキの方が声を張り上げて歌い出す。
僕はアクセルを踏み込みながら、世界中の人に教えてあげたくなる。

あのさあ、ボクの姉さんって、ボクの自慢なんだぜ、って。



Roma 3
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# by ayu_livre | 2008-09-28 03:10