transit

Roma 2

僕はローマ生まれだけど、ローマの美味しいお店をあまり知らない。
日本人の妻のクミや、十七才になる娘のマリアは、納得がいかないらしい。

小さい頃、父は亡くなり、母はよく入院していたので、料理は姉が作ってくれていた。
姉の料理は絶品だった。姉はサボりたがりだったけど、料理だけは手を抜かなかった。
ぼくが大学の入学試験に落ちて、なにも食べる気がしなかった時、姉は、
そんくらいのことで、ごはん食べれなくなってどうするの、生きてる人間は美味しいものを食べて
たくさん笑ってなくちゃだめなの、わかった?なんて言っていた。

小さい頃の僕の大好物は、姉のつくったカルボナーラだった。
はじめて姉の作ったカルボナーラを食べた時、
世の中に、こんなにおいしいものがあるのか、と感激して
「姉さん、ボク、3食カルボナーラでいいよ」と宣言した。
すると姉は、神妙な調子で僕を諭した。
「あんたねえ、3食カルボナーラを食べ続けたら、おまわりさんに捕まるよ、
 それで、おまわりさんが、あんたを連れてうちに来るんだよ。お宅のお子さん、
 もしかして3食カルボナーラばかり食べていませんでしたかって」
僕は負けずに言い返した。
「そしたら、おまわりさんにボクが言うよ、おまわりさん、姉さんのカルボナーラは、
 本当に3食、食べたくなるほど、美味しいんです、嘘だと思うなら食べてみて
 ください、って。そしたら、姉さん作ってあげてね」
「いいけど。じゃあ、若くてカッコイイおまわりさんに捕まってよね」
「わかった、やってみるよ」
姉との毎日はだいたいいつもこんな調子だった。

入院している母の病状が、急に悪くなったのもその頃だった。
ある晩、病院から電話で呼び出され、姉と僕は、深い眠りに就いた母と対面した。

母の葬儀が終わり、明日から姉が仕事に行くという日の夜、僕は姉に頼んだ。
「姉さん明日、仕事サボってよ」
すると姉はそっけなく「明日はサボらないよ」と答えた。

翌朝、起きると、姉はもう出かけたあとだった。
テーブルには何の書き置きもなかった。
ただ、テーブルの真ん中に、
3食、食べても食べきれないほどのカルボナーラが
どん、と置いてあった。


Roma 2
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# by ayu_livre | 2008-09-19 02:33

Roma

姉さんは、さぼりの名人だ。
ボクに毎朝、学校なんてサボッちゃいなよっていう。
よく、今日も仕事ほとんどサボッてたよ、なんて言ってる。
母さんの病院にもあんまり顔を出さないし、教会にも行かないし、
父さんのお墓になんか、3年くらい行ってないんじゃないかな。

病院やお墓に行かないの?ってたまに聞くと、
姉さんはいつも、いいのよ、って言う。元気な時、一緒にたくさん笑ったから、って。
母さんも、姉さんは来ないよというと、いいのよ、って姉さんと同じ風に言う。
後は自分でなんとかするから大丈夫、お前も、友達とたくさん遊んできなって。

学校が夏休みになってから最初の日曜日、姉さんとリナシャンテに買い物に行った。
というか姉さんの買い物につきあわされた。
姉さんは、また新しい短いスカートを買った。
ボクは、いつも姉さんのスカートは短すぎると思う。

それからスペイン広場の近くのジェラッテリアで、ふたりでアイスを食べた。
姉さんは、アイスをペロペロなめながら無愛想に言った。
「もし、あたしが、病気になっても、あんた、毎日お見舞いなんて来なくていいからね、
 あんただって、考えてみなよ、よくぜんそくで苦しそうにしてるからわかるでしょ、
 苦しさとかのわからない人に、手持ちぶさたで、無理にそばにいられても
 かえって気を使っちゃうだけだよ」
「でもボクはぜんそくの時、お母さんがいてくれたら少し安心したよ」
「それは、少し安心しただけ。ぜんそくは自分で治すの」
姉さんは、店の外を通り過ぎる人たちを興味なさそうに見ている。
色々な味を楽しもうとして、アイスをクルクルまわしながらなめている。
「それにあんたなんか、もう少ししたら、母さんともあたしとも、
 一緒にいるのが、やになってどっかに行きたくなるんだから」
「ボクは、やになんかならないよ」
「なるのよ」
そう決めつけて、姉さんは短いスカートから無駄に伸びた長い足を組みかえた。

「そのスカート短すぎるよ」ボクは反撃する。
「あら、ありがと」
姉さんはニヤリと笑って、アイスのコーンをザクとかじった。


Roma
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# by ayu_livre | 2008-09-14 23:53

Manchester

おれとミミは仲が悪い。
朝、廊下ですれちがってもあいさつもしない。

ミミは、白い雑種の猫で、公園で具合が悪そうにしているところを、
ケイティに拾われた。
ケイティは、半年前に別の男と住むといって、ミミを連れて出て行った。
でも、すぐにミミを連れて戻って来た。
「彼が、猫と住むのはどうしてもいやだ、っていうの。
 ミミがかわいそうだから置いてあげて。お願い」
そうやって、ミミとの生活がはじまった。

ケイティと暮らしている頃から、おれとミミは、仲が悪かった。
でもなぜか、昔から寝るときは、おれの足もとでまるくなって寝ていた。
おれが寝返りをうったり、毛布を引き上げたりすると、
奴は、むくり、と首を持ち上げて、非難がましくおれを見る。
おれは、なんだよ、という目で奴を見て、しばし夜中ににらみ合ったりしていた。

ミミは、おれには強気だが、外の物音には、すぐにおびえる。
郵便配達が来たり、道路工事がはじまったり、花火が大きな音をたてたりすると、
普段は自信ありげに、ピンと上を向いているしっぽを
力なく下げて、ベッドの下に入っていく。

今日は、アパートの上の階で引っ越しをしているらしく、
朝から、かなりどたばたと騒がしい。
ミミは、いつものようにしっぽを下げて、ベッドの下に潜り込む。
おれは、ベッドの上でNMEを読みながら、
タランティーノの映画に出てくるようなアメリカ人の口調でミミを冷やかす。
ヘーイ、そこの白いチキン野郎、こわいのかいっ。

しばらくして、おれがそのままベッドでうとうとしてると
ミミが急に飛び上がってきて、おれの足首に噛み付く。
おれは、痛っ、と叫び、びっくりして飛び起きる。
奴は、ささっとキッチンの方に逃げて行く。

どうやら、奴は、チキン野郎、と言われるのが
がまんならないらしい。



Manchester
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# by ayu_livre | 2008-08-28 03:02

Buenos Aires

ブエノスアイレス、金曜日の夕刻。
大通りのカフェでホットチョコレートを飲んでいる。
九月にしては、今日はかなり気温が下がった。
ウェイターは女性客にブランケットを勧めている。

信号が変わると、たくさんの人が大通りをわたってゆく。
東洋系の観光客が、通りの真ん中から、シンボル・オベリスコの写真を撮っている。

彼と会わなくなってからもう二か月たった。
しばらくは、彼に関するものすべてをなにも目に入れたくなかった。
待ち合わせてよく通ったカフェも見ないようにして歩いた。

彼はフランス人の精神分析医と結婚していたが、一年ほど前に離婚した。
わたしは三年前に結婚したが、夫が身体を壊し、実家の近くの病院に入院してからは、
ほとんどひとり暮しのような生活を送っていた。

今日、ひさしぶりに食事をしませんか?と彼から連絡が来た。
それから、打ち合わせに出かけて、思ったよりはやく終わったので、
クライアントの近くの目についたカフェに入った。
ホットチョコレートを頼んだ。

大量のクルマの往来を眺めながら、さっきの打ち合わせのことを考えた。
それから、明日は何時に夫の病院へ行こうかと考えた。
そして、彼のことを考えた。
今日会ったら、と思った。また、あのいきつけのカフェに行って、食事をして、
彼はいろいろなことを話すだろう。
二人で長い時間をかけてチリのワインをたくさん飲むだろう。
きっと明日病院に行く時間は遅れるだろう。

隣のテーブルの女の子が、食べていたパフェをスプーンですくって、
お母さんにすすめている。

しばらくして、携帯電話で彼に断りの電話をかけた。留守番電話だった。
電話を切ると、とても自由な気分になった。
なんだか甘い物が食べたくなった。
あしたは、ケーキを買って、こっそり夫に食べさせてあげよう、と思いながら
テーブルの上に代金を置いて席を立った。



Buenos Aires
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# by ayu_livre | 2008-08-17 22:55

Miami

ダウンタウンにあるその店に、毎日のように通っていたのは、
かかっている音楽が抜群だったからだ。

Timmy Thomas、Little Beaber、Sly&Family Stone。
ストイックでありながら詩情豊かなファンクネス。
たっぷりとタメのあるリズムとリズムの間には、あらゆる夏の宵闇が凝縮されている。

「チャイニーズが、マイアミソウルで肩を揺らしてるのをはじめて見たよ」
とてもいい感じにジンライムがまわりはじめてきた時に、酔った男が話しかけて来た。
チャイニーズじゃない、メイド・イン・ホンコン、イングリッシュとのハーフだ。
そう説明したが、男はろくに聞かず、マイアミソウルについて話し続けるので、
TKレーベルのシングルは、ほとんど持ってる、と言うと
隣にすわり、バーテンダーに、ジンライムを二つくれ、と叫んだ。

Little Beaberの〈Party Down〉に合わせて、黒人の女同士がゆっくりと踊っている。
ソウルミュージックについて、かなりの時間話しこんだあと
しばらく黙ってから、男は自分のことを話し出した。

「詳しくは言えないけど、おれは、コンピュータでアニメーションをつくっているんだ。
 実は、問題があって困り果てているんだ。
 おい、眠ってないよな?まあ、聞き流してくれていいけど。
 今、つくっているのは、全身にふさふさの毛の生えたモンスターの話なんだ。
 そのモンスターが、人間の女の子を愛してしまう。
 でも話の最後の方で、モンスターは、女の子と別れなければならない。
 女の子は幼くて、もう会えないってことがわからない。
 最後に、モンスターは、そのふさふさとした両腕で、
女の子をそおっと包むように抱いて、お別れをする。
 だから、モンスターのふさふさとした毛なみは、
 悲しいくらいやさしい感触でないとだめなんだ。
 そして、その感触が、どうしても上手くつくれないんだよ」

黒人の女達は、どこかに行ってしまっていた。
だいぶたってから男に言った。
「そのアニメーションだけどさ、なんとかハッピーエンドにしてくれよ」
男がグラスを置いて酔った目でこちらを見る。
「だって、悲しすぎるだろう?」
Sly Stoneが、つぶやくように〈Ke Se Ra Se Ra〉を歌っている。


Miami
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# by ayu_livre | 2008-07-22 02:29

Ravello

ビア・ルーフォロの音楽会で演奏するのは好きだ。
われわれオーケストラは、断崖からせり出すようにしてつくられたステージで
Wagnerを演奏する。
眼の前には、かつてWagnerが所有していた別荘と庭園、
背後には、夕闇のアマルフィ海岸がひろがる。

わたしの住むナポリからラベッロへは、
娘の運転するゾエ・イエローのAlfa Romeoで来た。
会話は少なかったがとても快適な時間だった。
わたしは、今日演奏する曲のタッチを頭の中で確認し、
娘は、よく晴れた海岸線のワインディングで、正確にシフトを上下させた。

午後九時に演奏が終わると、すぐ近くのアマルフィの港で花火があがるのが見えた。
乾いた夏のいい匂いがした。

アマルフィの街までおりて、教会の近くのリストランテで食事をした。
ミラノの音楽大学でセロを教えている娘と
二人だけで食事をするのはひさしぶりだった。

せっかくなので、ムール貝といっしょに
シチリア産の白ワインをデキャンタで頼んだが
娘も私も相変わらず酒に弱く、水ばかり飲んでいて
お互いに笑ってしまった。

店を出ると小雨が降り出していて、
夏の夜の喧噪が、すっかり落ち着いていた。

海岸沿いの駐車場に停車しているAlfa Romeoまでゆっくりと歩きながら
街灯に照らされ、しっとりと発光しているようなゾエ・イエローのボディを眺め、
「きれいな色だな」と思った。

娘は、帰りも行きと同じように、ワインディングに合わせて
正確にシフトを上下させ、ナポリを目指した。

娘の生活について何も聞こうとは思わなかった。
わたしも行きと同じように、今日演奏した曲のタッチを頭の中で確認していた。
いつまでも瑞々しいWagnerの旋律を。



Ravello
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# by ayu_livre | 2008-06-14 09:10