transit

Paris

メトロが、セーヌ川にかかるビルアケム橋をわたる。
目の前に夕日に輝く大きなエッフェル塔があらわれる。

東洋系の観光客のカップルが、ちいさく歓声をあげ、
男の子のほうがカバンから急いでカメラをとりだそうとする。

今日、とてもつらいことがあった。人生でいちばんかもしれない。
たまらず夫に電話したが、今日はどうしても早く帰れない、と言っていた。

「暗く考えるのはよくない、こんな目に合うのはあなただけじゃない、
これも試練のひとつ、いまあなたがもっているものに感謝しなければ....」
どんな励ましも、慰めも、ポジティブな意見も、なにも聞きたくない。

勝手で、成長してなくて、考えが狭くて、自己中心的だ、と言われても全然かまわない。
どうしてわたしだけ、ふつうに、かんたんに、人生を送れないのだろう。

ふつうに暮らしているひとが、みんなうらめしくみえる。
目の前の東洋人のカップルも、家族連れも、ビジネスマンも。

きらきらしたものすべてが、みんなうらめしくみえる。
きらきらしたものを見せようとするひとすべてが、みんなうらめしくみえる。

メトロを降りて、アパルトマンの部屋に帰る途中、老夫婦がやっているビストロの前を通る。
とても地味で、観光客なんてまちがっても入ってこない。
地味なおじさんが多くて、なぜか、とても落ち着く。
でも今日は、そこに寄る気にもなれない。なにも食べたくない。

部屋にかえって、服をきがえて、すぐにベッドにもぐりこんだ。
こんなつらいに日に、そばにいてくれない夫もうらめしかった。

夜おそく、夫が帰ってきた。
わたしは、ベッドで背をむけていた。
こんな日に、夫はわたしになんて声をかけるんだろう。

夫が近づいてくる気配がした。
そのまま、彼はわたしのあたまをくしゃくしゃと、なでた。

ずるい。涙が出た。

明日は、と思った。
早起きして、ちょっと遠いあのおいしいパン屋さんに行って、
ふかふかの、あつあつの、あのおいしいパンを夫と食べよう。そうしよう。
お祈りするように、思った。



Paris
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by ayu_livre | 2009-12-20 09:04