transit

Bologna

ボローニャ発フィレンツェ行きのインターシティに揺られている。
霧の濃い日、遠い町への出張。
列車の窓の外をすぎてゆく冬の林をぼんやりと見ている。

弟の奥さんから昨日、弟が入院したとメールをもらった。

弟は父と同じ症状で、父と同じ病院に入院したらしい。

父の時は、いろいろなことを思い知った。
主に、自分の無力さ、
なにかを強くぎゅうと握りすぎると、
こちらの握力が続かなくなる、というようなこと。
そして、やるべきこと、大事なもの。

出張で列車が向かっているのは、弟が入院している町とは反対の方向だった。
霧がさっきよりも濃くなっていた。


ふと、子供のころのことを思い出した。

夏の終わりだった。
兄弟でプールに行った帰り、なにかが原因で、ひどいけんかになった。
家にかえってからも弟はずっとむくれていた。

その頃、わたしたち兄弟は、毎日、夕方になると、
町のバス停まで母を迎えにいっていた。
その日も、「おい行くぞ」と声をかけると、弟はむくれたまま、ついてきた。

でも、その日は、いくらまってもバスがこなかった。
バールに行ってTVのニースを見てみても、
とくにバスの事故のニュースはやっていなかった。

しかたなく一度家に帰ることにした。
帰り道は真っ暗で、急に気温が下がり、うすい霧がではじめていた。
夏が終わるんだな、とおもった。

霧はやがて濃くなり、目の前くらいしか見えなくなった。
あたりには真っ暗な畑がひろがっているはずだった。
物音はひとつもしなかった。

弟は最初はむくれたまま、離れてあとからついてきていたが、
だんだんこわくなったのか、いつのまにか、
わたしのすぐ近くを歩いていた。

弟は、極端なほどこわがりだったので、手をつないでやろうかとおもったが、
ひどいけんかをしたあとだったので、
お互い、ちかづいたまま、手はつながずに歩いていた。
やがて、ふと気づくと、弟が、わたしのシャツのはしを弱い力できゅっと握っていた。


インターシティの座席にすわって、
あの時の、弟がシャツのはしをきゅっと握る力の弱さを思い出していた。

列車は、わたしたち兄弟の距離をどんどんひろげていたが、
わたしたちは、どこへも行ってはおらず、あの時と同じように近くにいた。

わたしは、目を閉じて、小さな弟のシャツのはしを、きゅっと握り返した。




Bologna
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by ayu_livre | 2010-01-09 08:35