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Tahiti 3

パリ郊外の市立病院。つるんとした廊下。覇気のない蛍光灯。
X線の検査待ち合い室。
このところ、体調が悪くて、いよいよ精密検査を受けることにした。

つい五年くらい前は、毎年、がつがつ働いて、たっぷりタヒチでバカンスをすごしてた。
いま、タヒチの光を思い出すと、まぶしすぎる。
むしろ、この病院の覇気のない蛍光灯の方が、自分に合っているのでは、なんて思ってしまう。

そういえば、今日の朝、毎年一緒にタヒチに行っていた彼女のことを
なぜかふいに思い出していた。
よく待ち合わせのとき、fnacの前で、寒そうにipodを聞いて待っているときの姿を。
別れてからもう5年もたっていた。

ふと、なにかがひらめいたように感じた。
待ち合い室のベンチの隣の女性を見た。目を疑った。
彼女だった。

彼女も気づいた。お互い、びっくりして、言葉がなかった。
しばらくして、ようやっと言葉がでた。

「その髪型、いいね」
彼女の顔になつかしい笑みがひろがった。
「ありがと。きのう、美容院いってきたの」

それから、ふたりで、お互いのカルテを見せ合い、
悪いところを競い合うように列挙した。
「むかしは、次のバカンスのことばかり話してたのにね、タヒチにはまってて。
あれからタヒチは行ってないの。行ってる?」
そう言う彼女の指の指輪を見ながら、答える。
「行ってないね。人生はだんだんあのきらきらした海のようなところから、
こういう覇気のない蛍光灯の下に連れてこられるのかね」

検査が終わったあと会計をすませ、コートをはおりながら、彼女が言う。

「検査って、喉が乾かない?」


病院を出たところのスターバックスに入り、
ふたりでコーヒーを飲んだ。

「ふと思い出したらメールでもしてよ」とアドレスをわたした。

彼女はまたなつかしい笑顔で言う。
「あたしがもし入院したら、きれいなタヒチのカードを送ってね」


Tahiti 3
by ayu_livre | 2010-02-06 01:03