transit

Paris Montmartre

キッチンの小さな窓を開ける。
五月の日射しと、あたたかくあまい空気が一瞬にして入ってくる。
鳥のさえずりと子供達の声。ひさしぶりの五月らしい朝。
快晴の空の下、サクレクール寺院が、いっそう白く輝いている。

ソファベッドで眠っている友人を起こさないように
部屋の花瓶をキッチンに集めて、ひとつずつ水をかえる。

食器棚からつる下がったポータブルラジオをつけると、Gang Starr がかかっている。
DJ Premierが構築するローズピアノのループを聞いていると、
あるシーンが思い浮かぶ。
家族や恋人達がくつろぐ初夏の公園の上空を
誰かの手を離れた風船が、ゆっくりと昇っていく、というような。

花の茎を切るのにはいつも、柄に鴨の絵が描かれたナイフを使っている。
はさみだと、茎の導管をつぶしてしまう、と誰かに聞いたからだ。
五月の朝の日射しがナイフに反射して、部屋の中を駆ける。

友人はポンピドーセンターの近くの画廊を夫婦で経営している。
彼と彼の妻は、ほとんど別居状態。彼は妻の愛情を確認したがっている。
そして、妻は、若い学生の才能に入れ込んでいる。

学生とは一度会ったことがある。
彼は、2、3種類の強い色彩をシンプルに配置する絵が得意で、
マチスとチリの詩人パブロ・ネルーダを信望している。
 「パブロ・ネルーダの詩みたいな、きれいで官能的で強い絵が描きたいんですよ」

シャワーを浴びると、夕べの赤ワインと完全に縁が切れた気分になる。
サンサンと降り注ぐ五月の太陽の下へ出かける前のシャワーは、
なんて素晴らしいんだろう。

今日の仕事を頭の中で箇条書きにならべながらバスルームを出ると、
友人は、起きあがり、ぼんやりとしている。
彼は、夕べ、もうしばらくここにいさせてくれないか、と言っていた。

鴨の柄のナイフで、ルビーグレープフルーツを2つ、ざっくりと割って
二杯のフレッシュジュースをつくる。




Paris Montmartre

[PR]
by ayu_livre | 2007-06-03 08:32