transit

New York

十一月の冷え込んだマンハッタン。
夕方から降り始めた雨は、本格的などしゃぶりになった。

高架線の下にある、がらんとした薄暗いチャニーズダイナー。
スーツを着た男が、ぼんやりとテーブルの上を見ている。
テーブルの上には、バドワイザーの注がれたグラス。

若い金髪のウェイターがやってきて、なにか食べ物は?と聞く。
男は、とりあえず、ビールだけでいい、と答える。

人気の少ない通りにクルマが入ってくる時だけ、ダイナーの窓に流れ落ちる雨が、
クルマのライトに照らされ、テーブルの上の模様になる。

今日は男の誕生日。妻と娘は一緒に特別な料理をつくると言っていた。
ふたりは、なにかプレゼントも用意してくれている様子だった。

男は家庭にも、仕事にもほとんど不満はなかった。
自分にしてみれば、もったいないくらいのものを与えられている、と感じていた。
でも、男はどうしても家に帰る気分になれなかった。

ウェイターがやって来て、男に聞く。
「タバコ持ってる?」
「あるけど」男はタバコを内ポケットから出しながら聞く。「いいの?」
「いいんだよ、他に誰もいないし、こんな雨だったらもう人も来ないだろうし。」
男が見回すと、ダイナーの客は、他に誰もいない。

「ここいい?」
ウェイターが男の向かいのシートを指して聞く。
男が、うなずくと、ウェイターはシートにすわる。
タバコに火をつける。何も話さない。
男も、タバコを吸おうとして、ライターを探す。
ウェイターが男の前にライターを差し出し、火をつける。

男は、タバコをくわえ、ウェイターの手元に顔を近づける。

また、クルマが入って来て、まぶしいライトが一瞬だけ
窓に流れ落ちる雨とふたりを照らす。




New York

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by ayu_livre | 2007-06-10 23:49