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Kuala Lumpur 2

私は、ハノイでも裕福な家の娘として育った。
幼い頃、雨季の前の気持ちの良い日曜日には、よく庭のテーブルでブランチを食べた。
私の家庭では、焼き立てのフランスパンにバターを塗ってから
その上に、キャビアを載せて食べていた。
フランス人とのハーフである母の口癖は、
ロシアよりも、黒海のキャビアの方が好き、だった。

私が、パリの大学を卒業した年、両親が離婚した。
私は、両親の援助をすべて断り、
アルバイトでためた貯金を全部おろしてニューヨークへ移住した。

落ち込んだ時や、両親のことを考える時、
私が思い出すのは、キャビアを載せたフランスパンだ。
その度に、「大丈夫、頑張れる」という気分になった。
両親からは財産めいたものをあえて一切もらわなかったが、
キャビアを載せたフランスパンの記憶だけで充分だった。

ニューヨークでは、インディペンデントな雑誌をつくるスタッフになった。
その雑誌は、各号ごとに、テーマに添ったアーティスト達の作品をパッケージしていた。
編集長は、同じベトナム人で。私の二歳年上だった。

彼とは、すぐに恋に落ちた。
会社の近くのアパートで、一緒に暮らしはじめてからは、
キャビアを載せたフランスパンのことを、あまり思い出さなかった。

彼は、デトロイトテクノの信望者だったが、
いろいろなことで疲れ果てて眠りにつくときは、必ずヘッドフォンをして
〈Nat King Cole BALLADS〉を聞いた。
「俺にとっての揺り椅子みたいなものなんだよね」
彼は、Nat King Cole の声のことを、そんな風に言った。

雑誌は、次第に注目されはじめ、有名ファッションデザイナーとの
コラボレーションを実現させた号で、世界的にブレイクした。

三度目の会社の引っ越しの後、彼と別れ、会社も辞めた。
そして、ハノイに戻って、小さな会社を起こそうと決めた。
ニューヨークを発つ前の晩、黒海のキャビアを買ってきてフランスパンに載せて食べた。





Kuala Lumpur 2

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by ayu_livre | 2007-07-14 23:08