transit

Kuala Lumpur 3

車は、パームツリーの森をつらぬく一本道をすすんでいる。
反復する振動と、車内の静けさが心地よい。
運転手がおしゃべり好きでなくてよかった。

リゾートホテルが用意した送迎車に乗って、
たっぷりと時間をかけてリゾートアイランドへ向かう。
そんなバカンスが急にしたくなったのだ。

私は、後部シートにゆったりともたれ、
パームツリーの森をぼんやりと眺めながら
三年前に別れた恋人のことを思い出していた。

同じベトナム人の彼とは、ニューヨークで知り合い、
アート系の雑誌を一緒につくっていた。
雑誌は成功したが、彼とは別れた。

その後、私は、故郷のハノイにもどり、アジア調の家具を求めてやって来る、
ヨーロッパや日本のバイヤーをガイドする事業をはじめた。

車は、激しいスコールの中に、突入したようだ。
パームツリーの森がくずれてゆくように見える。
私は、彼のことを思い出している自分が、
とても静かな気持ちでいることに気づいた。

鞄から一枚のCDを取り出し、運転手に差し出す。

〈Nat King Cole BALLADS〉は、
彼が、疲れ果てて眠りにつくときにヘッドフォンで聞いていたCDだった。

彼はよく、「俺にとっての揺り椅子みたいなものなんだよね」と言っていた。


Nat King Coleがゆっくりと歌い出すと、
激しいスコールも、風に揺すられるパームツリーも、ライトをつけてすすむ車も
なにもかもがスローモーションになったような気がする。

いままで私の、とても近くにあった揺り椅子が、
有無をいわさぬ激しいスコールの中で、
粉々に砕けてゆくのを感じる。





Kuala Lumpur 3

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by ayu_livre | 2007-07-30 01:47