transit

Haworth

世界の終わりのような土砂降りの雨の中、
キースリーからハワースへ向かう丘陵の農道を、
ひとりの男がびしょ濡れになりながら傘をさして歩いている。

男は今日、ロンドンで8年間経営していた小さな事務所をたたんだ。
一週間前には弁護士からの電話で、
離婚した妻が正式に娘の親権を持つことになった、と知らされた。

男は久しぶりにハワースの母親に電話をかけた。
帰ってくれば、と母親は言った。
親父は最近どうしてる、と聞くと母親はそっけなく答えた。
相変わらずよくクルマで出かけてるわよ。

男は、父親と、もうずいぶん前からまともに口もきいていなかった。
父親は、昔からクラシックアルファロメオのマニアで、
長い間アルファロメオオーナーズクラブUKの会長をしていた。
彼は家族の誰よりも自分のAlfa Romeo Giulia Spiderを愛していた。
いつもきれいに磨き上げ、間違っても雨の日には乗らないし、
助手席には、子供はもってのほか、妻でさえも乗せようとはしなかった。

今日いくつかの後処理を終えて、事務所の鍵を閉めた後、
男は近くの公園のベンチに座り、しばらく呆然としていた。

キングスクロス駅から列車に乗る前に、今日いまから帰るよ、と母親に電話した。
母親は、私がクルマでキースリーの駅まで迎えにいってあげるわよ、と言ってくれたが、
いいよ、歩いて帰るよ、と言って断った。

雨はさらに強まり風も出てきた、あたりが暗くなってゆく。冷気が鋭くなる。
男は、傘を持つかじかんだ手に息を吹きかける。

しばらくして、前方からライトをつけた一台のクルマが近づいて来る。
男は目を疑った。

世界の終わりのような土砂降りの雨の中を、
泥にまみれ、果敢なエンジン音を轟かせながら、
父親のAlfa Romeo Giulia Spiderがやってくる。




Haworth

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by ayu_livre | 2007-08-31 01:20