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transit

Istanbul

イスタンブール、新市街の高台にある部屋の窓を開ける。
キンと鋭利な冬の夜の空気。
はるか眼下のボスポラス海峡や旧市街からわきたつ喧噪。
旧市街と新市街をつなぐ、ガラタ橋を移動する小さな光の粒を眺める。

2年間のイスタンブール支局転属が決まったのが、ちょうど今頃。
夫は、2年だけだろ、と、理解してくれたものの、かなり気が重たかった。
イスタンブール支局のあまりいい噂は聞いていなかったし、
なにより、当時いたロンドンの職場や仕事に
かなり居心地のよさを感じていたからだ。

この部屋に着いた日の夜、夫と国際電話で話していて、
夫が最後に「じゃあね」、と言った時、
なんだか泣きそうになってびっくりした。
自分ってかなり弱くて、かなり夫に頼ってたんだな、と思い知った。
眼下で美しく輝くのが、イスタンブールだろうが、ガラタ橋だろうが、
ブルーモスクだろうか、それが、美しければ美しいほど、うらめしかった。

そして、2年がたち、明日、ここを離れロンドンに帰る。
ロンドンに帰る、と考えた時、まっさきに思い浮かんだのは、
夫や、夫のコートの匂いや、ふたりで暮らす部屋の
スチームヒーターの匂いではなかった。
毎朝、ジョギングしていたハイドパークの緑や空気だった。
また、あそこを私は毎朝、走るんだろうか、と思った。

この2年の間に、いろいろなことがあった。

はじめて、ここに着いて、眼下の美しく光るガラタ橋をうらめしく眺めた時、
まさか1年後に、とても仲良くなった男のひとと、
早朝、その橋をゆっくり親密にならんで歩いているなんて思いもしなかった。

あの日は、いつにも増して霧が濃い朝だった。
ガラタ橋には、もう釣り人がたくさん来ていて、
橋にそって、たくさんの釣り竿がアーチを描いて連なっていた。
やがて、あたりが明るくなり、霧が少し晴れてくると、
連なる釣り竿のアーチの向こうに、ぼんやりとブルーモスクがあらわれた。

幻想的だな、と思った。
風景がではなく、生きてることが。

夫は、電話で、「明日、ヒースロー空港まで迎えに行くよ」と言ってくれた。
夫は相変わらず、「じゃあね」と言って電話を切った。
眼下にまばゆく幻想的なイスタンブールの街が広がっている。




Istanbul
by ayu_livre | 2008-01-21 01:16