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transit

Buenos Aires

ブエノスアイレス、金曜日の夕刻。
大通りのカフェでホットチョコレートを飲んでいる。
九月にしては、今日はかなり気温が下がった。
ウェイターは女性客にブランケットを勧めている。

信号が変わると、たくさんの人が大通りをわたってゆく。
東洋系の観光客が、通りの真ん中から、シンボル・オベリスコの写真を撮っている。

彼と会わなくなってからもう二か月たった。
しばらくは、彼に関するものすべてをなにも目に入れたくなかった。
待ち合わせてよく通ったカフェも見ないようにして歩いた。

彼はフランス人の精神分析医と結婚していたが、一年ほど前に離婚した。
わたしは三年前に結婚したが、夫が身体を壊し、実家の近くの病院に入院してからは、
ほとんどひとり暮しのような生活を送っていた。

今日、ひさしぶりに食事をしませんか?と彼から連絡が来た。
それから、打ち合わせに出かけて、思ったよりはやく終わったので、
クライアントの近くの目についたカフェに入った。
ホットチョコレートを頼んだ。

大量のクルマの往来を眺めながら、さっきの打ち合わせのことを考えた。
それから、明日は何時に夫の病院へ行こうかと考えた。
そして、彼のことを考えた。
今日会ったら、と思った。また、あのいきつけのカフェに行って、食事をして、
彼はいろいろなことを話すだろう。
二人で長い時間をかけてチリのワインをたくさん飲むだろう。
きっと明日病院に行く時間は遅れるだろう。

隣のテーブルの女の子が、食べていたパフェをスプーンですくって、
お母さんにすすめている。

しばらくして、携帯電話で彼に断りの電話をかけた。留守番電話だった。
電話を切ると、とても自由な気分になった。
なんだか甘い物が食べたくなった。
あしたは、ケーキを買って、こっそり夫に食べさせてあげよう、と思いながら
テーブルの上に代金を置いて席を立った。



Buenos Aires
by ayu_livre | 2008-08-17 22:55