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Roma 3

初夏の日差しがギラギラと照りつける昼休み、サンタンジェロ城の裏手で、
渋滞に巻き込まれている。目の前に花屋がある。僕は姉のことを思い出している。

二人で暮らしていた頃、姉は、いつも派手な色の花を買って来て飾っていた。
だって、花がなくちゃ生きていけないじゃない、という口癖をよく聞かされた。


姉が入院したのは、僕の娘のマリアが十五の時だから、三年前だ。
脳が速い速度で萎縮してゆく難しい病気だと医者は僕に説明した。

姉は見舞いになんか来なくていい、と言っていたが、僕はたまに病院に行った。
脳を使うように、たくさん手紙を書いて置いていった。
マリアのことや、猫のミルのこと、仕事のこと、そしてきれいな花の写真を添えた。

ある日、病室の衣装入れを整理している時、その中に姉が昔から履いている
すごく短いスカートがいくつかあるのを見つけた。
「ちょっとよくなったらさ、履いて歩こうかと思って」ニヤリと笑う姉に僕は聞いた。
「あのさあ、姉さんが死んじゃったら、このスカートもらっていい?」
「いいけど、あんた、変態?」まじめに聞く姉に、僕はまじめに答えた。
「うーんと、愛してるだけだけど。まずかったかな」
姉と僕は声を殺してククククと笑った。

徐々に、姉はいろいろなことの識別能力が低下していった。
僕は手紙をやめて、ポラロイドで花やきれいなものをたくさん撮って、
マジックでひとことづつコメントを書き、姉に持って行った。
シチリアへ旅行に行った時に撮ってきたブーゲンビリアの写真が、
姉のお気に入りで、きれいねえ、と言ってずっと眺めていた。

姉が眠ったまま目を覚まさなくなると、僕は病院に行く回数を減らした。
妻のクミは、いいの?と聞いたが、いいんだよ、と答えた、一緒にたくさん笑ったしね。

姉が亡くなってしばらくして、姉のすごく短いスカートを見つけたマリアが
あら、カッコイイスカート、おばさんの?もらっていい?と言うので、あげた。


渋滞が流れ出す。クルマのラジオでOasisの〈Don't Look Back in Anger〉がはじまる。
Oasisのアニキの方が声を張り上げて歌い出す。
僕はアクセルを踏み込みながら、世界中の人に教えてあげたくなる。

あのさあ、ボクの姉さんって、ボクの自慢なんだぜ、って。



Roma 3
by ayu_livre | 2008-09-28 03:10